初恋の人


「高良先生ってさぁ、残念だよねぇ」


 昼休みの時間。花歩がお弁当を食べながら、唐突にその名前を挙げた。


「残念って?」


 たまごサンドを口に入れようとした手を止めて、紗代が尋ねる。


「ルックスに関しては言うことなし、授業も分かりやすい。なのに、なんか変だよね」


「あぁ、イケメンなのにちょっと変わってるってこと?」


「そうそう。ツボがおかしいときない? 笑うツボとか怒るツボとか」


「あぁ~、そこ笑う? ってとこで笑うよね」


「今日だって、そこ怒る? ってとこで怒ったじゃん」


「白髪ね」


「誰も白髪生えてるなんて言ってないのに」


「若くないっていうのが地雷だったのかね」


「ほんと変わってる。ね、陽葵?」


「え」


 ミニトマトを口に入れたばかりで、私は花歩の問いかけにすぐ返事ができなかった。


「ぶっちゃけさ、陽葵は高良先生のことどう思う?」


「ど、どう思うって?」


 ミニトマトが転げ出ないように口元を押さえながら、なんとか返事をする。


「ああいう爽やかイケメン、どう? タイプ?」


「えぇ……」


「そういえば、陽葵のタイプって聞いたことないかも」


 紗代まで興味津々に見つめてくる。私は咀嚼し終えたミニトマトをごくんと呑み込んだ。


「タイプってよく分かんない。私、恋愛経験あんまりないし」


「陽葵、まさか初恋もまだだったりする?」


「いや、好きになった人はいるけど……」


「その人はタイプじゃなかったの?」


「う~ん……そもそも、高良先生ってイケメンなの?」


 私の言葉に、花歩と紗代が顔を見合わせる。


「イケメンだよね?」


「うん、顔立ち整ってるし」


「高身長だし」


「脚長いから、よりカッコよく見えるよね」


「へぇ……」


 私がぼんやりと相槌を打つと、花歩が「あっ」と何かを思い出し、口の端を持ち上げてにやりと笑った。花歩がこういう顔になるときの話題は、決まって恋愛沙汰である。


「そういえば、理系クラスに高良先生をで狙ってる子がいるらしいよ」


 文系クラスにも、高良先生に気に入られようと奮闘している女子はいる。山口さんたちもその一部だが、あれはただの戯れだ。平凡な高校生活に加える日常的なスパイス。極論、(ルックスがよければ)誰でもいいのである。だからこそ、という言葉に私は引っかかった。その理系クラスの人は、高良先生のことをどういう意味で好きなのだろうか。


「理系は古典の担当、高良先生じゃないからね。現文でしか会えないと、レア度が増すんでしょ」


「レア度?」


 私が聞き返すと、花歩は大きく頷いた。


「そう。レア度」


「レア度って大事」


 紗代までうんうんと頷く。


「ところでさ……」


 と、紗代はニッと笑うと、頬杖を突いて私を見つめた。


「陽葵が好きになった人、どんな人か気になるんだけど」


「どんな人って……別に普通だよ」


「普通って、どう普通なのさ」


「だから……普通に優しくて……優しい人」


「優しくて優しい人って……どんだけ優しいの」


 私の初恋は、きっと恭介くんだ。一緒にいると、優しくて温かい気持ちになる。でも、恭介くんが誰かと楽しそうに話していると、心の中がもやもやして、間に無理やり割って入ったこともあった。今思えば、あれは嫉妬だった。


「もしかして、今でも好きなの?」


 私の表情を見て、紗代が窺うように尋ねる。


「……うん」


 今でも好きだよ。今だけじゃない。過去も、未来も、好き。ずっと好き。好きでいる。ずっと、ずっと。



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