27歳で衆議院議員に初当選
周囲の笑いの渦に巻き込まれることなく冷静だったのは、私が2年生になってから仲良くなった
「頭にチョークの粉、付いてますよ」
紗代に教えられ、高良先生は右手で後頭部をパッパッとはらった。なぜ汚れている方の手でやったのか。
「取れた?」
と、高良先生は後頭部を見せつける。
「いや、ひどくなりました」
さっきよりも白い範囲が広がったどころか、整えられていた髪も乱れてしまった。 「左手でやった方がいいですよ」という紗代のアドバイスを受け、高良先生は左手で後頭部をまさぐる。
「てゆーか、若白髪って言うほど若くもないよね」
山口さんがわざと聞こえるように、隣の席の伊藤さんに言う。
「誰だ!? 若くないって言ったのは!」
誰だと言っておきながら、高良先生は山口さんを指差す。
「では、諸君に問おう。『27歳で衆議院議員に初当選』、これについてどう思う」
高良先生は両手を後ろで組むと、黒板の前を闊歩しながら語り出した。渡辺くんが後ろの席の紗代に「なに? 何の話?」と小声で尋ねた。紗代も「さぁ……」と首を傾げる。私も2人に同感だ。岸野くんが、「どういう意味ですか?」と質問しようと息を吸ったのと同時に、高良先生が、
「若いと思うだろ?」
と、出し抜けに言った。
「まだ何も言ってません」
言い返す岸野くんを無視して、高良先生は深妙な顔で語り続ける。
「27歳という年齢は、衆議院議員にしては若いとされる。つまり、この白髪は若白髪だ。決して年老いたせいで髪に栄養を運べなくなっているわけではない」
言いたいことを言い終えると、高良先生は何事もなかったかのように枕草子の続きを黒板に書き始めた。
「いや、だから……チョークの粉だって」
渡辺くんの小さな呟きに、何人かが吹き出したが、高良先生には聞こえなかったらしい。高良先生の後頭部は微かに白くなったままだった。
授業が終わった後、山口さんたちが「ねぇ~高良センセぇ~」と甘えた声を出しながら教卓を囲んだ。
「なんだ」
教卓に散らばった教科書やノートを揃えながら、高良先生は抑揚なく返事をする。避けるように顔すら上げない。しかし、3人はめげない。
「センセーって彼女いるのぉ~?」
私はボールペンを片付けながら、聞こえないふりをした。
「次、体育なんだろ。間に合わなくなるぞ」
質問を無視して、高良先生は教室を出ようと歩き出する。しかし、尾花さんと伊藤さんが回り込んで通せんぼした。
「いるかいないかくらい教えてよぉ~」
山口さんは言いながら、高良先生にすり寄る。
「プライベートな質問は一切受け付けておりません」
「じゃぁさ、うちら3人の中だったら誰がタイプ?」
「はぁ?」
「どっちかに答えて。彼女いるかいないか、誰がタイプか」
山口さんの手が高良先生の腕に絡み付く。高良先生は呆れたようにため息を吐いた。
「彼女はいない。それに、――」
高良先生が山口さんの手をパッと振り払う。
「――生徒を恋愛対象にする趣味はない」
私は心臓がえぐられたような感覚がした。赤ボールペンが手から滑り落ち、机の上でカツンと音を立てる。拾おうとしたけど、うまく掴めなくて、指先が震えていたことに気付く。
「子どもには興味ないってこと~? ムカつく~!」
「絶対彼女いるでしょ~?」
「どんな人? 可愛い?」
山口さんたちに質問攻めにされたが、高良先生は腕時計をチラッと気にしながらため息を吐いた。次の授業があるのだろう。
「あの~! 女子が着替えられないんですけど~?」
私の隣でジャージに着替える準備をしていた
「迷惑かけて悪かったな。体育、がんばれよ」
山口さんたちの意識が花歩に向いたタイミングで、高良先生はさっと尾花さんと伊藤さんの間を通り抜け、教室を出て行った。
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