2.逃避行中の彼女を保護した(side:鎖鉄海冬)
ポツリ、ポツリと、私の体に鉛色の空から降り注ぎ始めた水滴が衝突する。
段々と勢いを増し始めた雨は、容赦などなく、まるで『家に戻れ』と急かすように私の体を濡らしていく。
「………」
一軒家の前で足を止める。フードを深く被って、その場に蹲るようにしてしゃがみ込む。
降り頻る雨水がパーカーに染み込んで、体を越えて、心を湿らせていく。溢れて、それは涙になって地面に吸い込まれていった。
このまま、死んでしまえたら…どれだけ、楽なのだろうか。心は死にたがっているのに、体はその体温を手放そうとしない。それは、雨に濡れても変わらない。
「………、…ぁ…」
もうどれくらい発していないか分からない自分の声。息が漏れて、そこにほんの少しだけ声が混ざった。
「……あの」
声が聞こえた。知らない人の声だった。その方が安心できた。親の声は聞きたくも無いから。
それから私の上に、ほんの少しだけ影が差す。濡れなくなった。
後ろを振り向く。私と同じ制服を着た人が立っていた。
「……………」
構わないでよ。どうせあなたも、私に『学校に行け』と言うんでしょ。
「…家、入ります?」
「……………」
パーカーのお陰で、制服に関しては何も言われなかった。
この人は、私を家に上げて、何をするつもりなのだろう。別にどうなろうと、構わないけれど。
私が頷くと、彼は家の鍵を開けた。
「どうぞ」
「………おじゃま…します」
誰かの家に入るときの心得は覚えていたようだった。
靴を脱いで、濡れた靴下で廊下に足を踏み入れた。
「風呂は入ってすぐ右にあります」
彼に言われた通り、玄関を上がってすぐ右のドアを開くと、脱衣所だった。
パーカーを脱いで、制服のボタンを外していく。
服を全て脱いで、風呂場の中に入る。シャワーヘッドを手に取って、お湯を出す。
雨水で濡れた時には、不快感があった。それは温水だろうと変わらず、体が濡れるのは不快だ。
でも、冷水よりはマシだった。
シャワーで適当に体を流して、脱衣所に戻る。
着替えが置いてあった。それも、サイズピッタリの。
彼には、私と同じくらいの体格をした姉でもいるのだろうか。…もしそうなら…その姉は……。
なんて、見ず知らずの他人の家族構成を考えながら、下着と服を着て、リビングに入る。
「サイズは…ピッタリね。良かった良かった」
「……………」
リビングに入ると、恐らく彼の姉である人物が私の姿を見てそう呟く。
…私よりも身長が高い…?ならなんで私のサイズの服を持っているんだろう。
服も着古されたものではなく、新品だったし。
「……………」
「…鎖鉄ちゃん、だったっけ」
「……………」
どうして私の名前を、と思ったけれど、よく考えればあの場から制服が無くなっていた。この人が回収して生徒手帳でもなんでも見たのだろう。
最低限、身分を証明するものを持ってきていたから。それが、吉になろうと凶になろうと、私にはどちらでもよかったから。
「色々聞きたい事はあるけど、まずは大丈夫?」
「………(コクリ)」
上手く声が出せない。喉の奥に言葉がつっかえる。
「そう、ならよかった。…それで…経緯を話してくれる気はある?」
「………(フルフル)」
「まあそうよね。見ず知らずの他人に話すような事じゃないでしょう。家はあるの?」
「…ある…だけど…ない」
どうにかして絞り出した、そんな声。小さすぎて、聞こえているかも分からないようなそんな声。
だけど聞き返してこないという事は、きっと聞こえているという事だろう。
「………そう…。…なら、暫くここにいたらどう?」
「………」
「貴女の抱えている笧の解決になるとは思わないけれど…逃避行の手助けにはなるんじゃないかしら」
きっと言われると思っていた事が言われなかった。
驚いて、思考がフリーズした。きっと言われると思っていたから。
「…学校に行けとか…言わないんだ」
「言った方が良いならいくらでも言うけれど。事情も知らない他人に、そんな事を言われるのは貴女にとって望ましい事?」
「………違う」
行きたくないから、ずっと部屋の中にいた。親も『学校に行け』って言うから、だから逃げ出した。
姉と比べられるのが…心底嫌だったから。陰口も、私の耳に届かなかったら私は傷つかない。
何でもできる優等生の姉と違って、私は出来損ないの劣等生なのだから。
学校に行きたくもない、姉の顔も見たくもない。
どうして、あんな姉の下に生まれてきてしまったのだろう。なんで、私は姉みたいに何でもできないんだろう。…才能?…努力量の違い?…違う人間だから?
…ここにいたら、そんな事を気にしなくて済むのかな…。
■
「…結局、ここにいるんですか?」
「…そう、する」
「分かりました。それじゃあ…食べられない物とか、アレルギーとかはあります?」
「…ない」
『好き嫌いをするな』、そう言って育てられてきたから。
「それじゃあ、適当に夜ご飯作りますね」
「あ、彼方~、ついでに私のおつまみも作っておいて~」
「はいはい、出汁巻きでいい?」
「えぇ、ありがとね」
キッチンに立った、彼が冷蔵庫の中から食材を取り出して、料理をし始める。
…手伝おうか、とも思った。けれど、彼の手際が良すぎて、手伝う所が見つからなかった。
…姉だったなら、何か手伝えていたのだろうか。いや、そもそも、姉だったらこんな状況にはなっていない。
………。
――――――――
作者's つぶやき:鎖鉄さんには姉がいる…と。
優等生な姉に比べて自分は………。隣の芝生は青く見えるとか、隣の花は赤いとか…そんな感じなんでしょうかね。
自分にはない才能があって、自分では到底できないようなくらい努力をしていて、自分とは違う人間なのに、ただ家族、姉妹と言うだけで比較される。
…まあ、比べる事で人間は優劣をつけて社会を作っていたんですから、それが無意識の内に行われてしまっているのはもう仕方のないことだと思いますね…。
――――――――
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