逃避行中の彼女を保護したお話

ますぱにーず/ユース

Vol.1

1.逃避行中の彼女を保護した

まえがき:近況ノートで行ってた新作です。

ストックは現在あと6話…がんばるぞい

——— ――― ———


 アスファルトの地面に、鉛色の空から降り頻る水の粒が勢い良く叩きつけられている。


 放課後、帰路を辿っていた僕の前は家の前で立ち止まって、脳を回転させていた。


 視線の先に映るのは、傘もささず、フードを深く被り、ただその場に座り込んでいる女性の姿があった。

 …背丈から、何となく僕の同年代…おおよそ16歳くらいだと推測する。


 さて…探偵ごっこは置いておいて、この場合はどうするのが正解なんだろう。

 警察に連れて行く?…それは多分、あまり望ましくない選択肢だ。

 無視する?…それで何かあったら…なんだかとても後味が悪い。…けど、これが一番リスクを背負う可能性は少ない。

 声を掛けてみる?…助けたとて…それで言いがかりを付けられたらどうする?


「…あの」


 その女性に声を掛けると、ピクリと少し体が動いた。振り向きもしなければ、声を発したりもしないけれど。


「……………」


 傘を彼女の上に持って行くと、こっちを向いた。


「…家、入ります?」

「……………」


 …まあ、当然こんな問いに『YES』と答えるわけが無いだろう。何の接点もない他人。ましてや、異性なのだから。

 なんて思っていたのに、彼女は首を少しだけ縦に動かした。

 これを肯定の意として受け取って良いか怪しいくらいに、ほんの少し。

 やがて彼女が立ち上がった。真っ黒な瞳が僕の事をじっと見つめる。


 彼女に傘を渡して、自分の家の鍵を開けようとする。


「…あれ、開いてる」


 鍵穴に鍵を刺して、解錠する方向に鍵を回しても、鍵が開く音は聞こえなかった。

 …鍵を掛け忘れたか…もう一つの可能性があるとしたら…。

 まぁ、とりあえずそのことを考えるのは後だ。今は彼女を…。


「どうぞ」

「………おじゃま…します」


 そう呟いて、彼女は僕の家の中に入っていく。…取り敢えず風呂に入って体を温めてもらわないと…。


「風呂は入ってすぐ右にあります」


 そう言うと、彼女は靴を脱いで脱衣所の中に入っていった。


「ただいま」

「おかえり、なんか面倒事が起きそうな予感がしたから女性物の着替えと下着買ってきておいたわよ」

「…その勘の鋭さが僕にも欲しかったよ」

「その調子だと勘は当たったみたいね」

「うん。…まあ取り敢えず、ありがとう」

「えぇ。着替えと脱いだ服、取ってくるわね」

「ありがと母さん」


 暫くして、着替えの代わりにずぶ濡れのパーカーと制服を腕に掛けた母さんが戻ってくる。


「一応生徒手帳も見させてもらったけど…彼方と同じ高校みたいなのよね。この子知ってる?」


 そう言って母さんが差し出した学生証を見る。

鎖鉄さがね海冬みふゆ』…。


「いや…知らな…あー…そういえば同じクラスだったような…」

「不登校なの?」

「うん、ずっと欠席だったはず…確かね」


 鎖鉄という珍しい苗字だったから、記憶の片隅に残っていた。入学式にも来てなかったはず。


 リビングの扉が開き、サイズがぴったりの着替えを着てきた鎖鉄さんがリビングに入ってくる。


「サイズは…ピッタリね。良かった良かった」

「……………」


 もはや一種の未来予知かと思うくらい、母さんの勘は鋭い。

 9割…いや、ほとんど100%の確率で母さんの勘は当たる。一周回って恐怖さえ覚えるくらいには鋭い。


「……………」

「…鎖鉄ちゃん、だったっけ」

「……………」


 母さんが話しかけても、鎖鉄さんは黙り込んでいる。

 俯いているとかじゃない。…けど、紡ぐ言葉を探しているような…そんな感じがする。


「色々聞きたい事はあるけど、まずは大丈夫?」

「………(コクリ)」

「そう、ならよかった。…それで…経緯を話してくれる気はある?」

「………(フルフル)」

「まあそうよね。見ず知らずの他人に話すような事じゃないでしょう。家はあるの?」

「…ある…だけど…ない」


 静寂に飲み込まれてしまいそうなほど小さな声で、鎖鉄さんがそう言った。


「………そう…。…なら、暫くここにいたらどう?」

「………」


 母さんの提案に、鎖鉄さんは何も反応を示さない。これは考えているのか、それとも否定の意なのか…。


「貴女の抱えている笧の解決になるとは思わないけれど…逃避行の手助けにはなるんじゃないかしら」

「…学校に行けとか…言わないんだ」

「言った方が良いならいくらでも言うけれど。事情も知らない他人に、そんな事を言われるのは貴女にとって望ましい事?」

「………違う」



「…結局、ここにいるんですか?」

「…そう、する」

「分かりました。それじゃあ…食べられない物とか、アレルギーとかはあります?」

「…ない」

「それじゃあ、適当に夜ご飯作りますね」


 キッチンに立って冷蔵庫を開けて、適当に食材を見繕う。…さて、今日は何にしようかな。


「あ、彼方~、ついでに私のおつまみも作っておいて~」

「はいはい、出汁巻きでいい?」

「えぇ、ありがとね」


 …とまあ、それは置いておいて。鯖があるし…味噌煮か塩焼きか…。

 そのまま捌いてカルパッチョでも作るかな。

 というか毎度毎度疑問なんだけど、母さんはどうして鯖を1匹丸ごと買って来るんだ。

 普通に切り身で良いだろうに…。


――――――――

作者's つぶやき:水香さんは相も変わらず、勘が鋭いようで…。鋭いって言っていいんですかね。

『なんで分かったの?』とか、『なんでサイズピッタリなの?』という問いに対する最適解の答えは『水香さんだから』なんですよね…。

あの人の勘は未来予知というかなんというか…。あと、普通に察し力も割と高かったりします。

ハイスぺですね。

――――――――

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