第35話: アストリアの秘策

 ガルム帝国の最も厳重とされる監獄の奥深く──。


 薄暗い石壁に囲まれた狭い牢内で、村のリーダー、ハウロンは重傷を負った体を引きずりながらも、未だにその目の輝きを失ってはいなかった。


 肌を裂くような寒さと、湿った空気が漂うこの場所でも、彼の強靭な意志だけは揺るがない。


「まだ、くたばらねえのか? しぶとい野郎だな。」

 

 牢の外から、粗野な声が響く。


 看守を務める魔獣が嘲笑を浮かべながら、鉄格子越しにハウロンを見下ろしていた。


 しかし、ハウロンは薄く笑いを浮かべるだけだった。


 その余裕のある表情が、さらに魔獣の癪に障る。


「笑っていられるのも今のうちだぞ、ボロボロの人間が何を──」


 その時だった。ハウロンが深く息を吸い込むと、突如、腹の底から轟音が響いた。


 "ブォォンッッ!”

 

 地響きのような爆音が牢内にこだまする。


「な、なんだ、この音は?!」

 

 魔獣の目が驚きに見開かれる。


 思わず鼻を覆うが、臭い以上にその衝撃波が周囲の空気を揺らしていた。


 ハウロンはどこ吹く風とばかりに、鉄格子越しに魔獣を見つめ、ニヤリと笑う。


「どうだ? これが村のリーダーたる俺様の力だ。まだまだ衰えてなんかいないぜ。」

 

 その挑発的な態度に、魔獣は怒りと戸惑いを隠せなかった。


 さらにハウロンは追い討ちをかけるように、唾を鉄格子越しに吐きかけた。


 唾は魔獣の足元に落ち、小さな音を立てる。


「この野郎…!」

 

 拳を振り上げる魔獣だが、次の瞬間、背後から足音が聞こえた。


「何の騒ぎだ?」

 

 低く冷たい声とともに、黒いコートを翻してマチルダが現れる。


 しかし、いつものマチルダとは雰囲気が違っていた。


 目には冷酷な光が宿り、その口元には薄ら笑いが浮かんでいる。


 "怒の魂”が彼女を支配しているのだ。


「おやおや、これはまた威勢のいい囚人だねェ....」

 

 マチルダは軽く屈むと鉄格子の中のハウロンを見下ろした。


「随分と威張っているけど、その程度で看守を驚かせるなんて、まだまだだな。」


 ハウロンは挑発に乗らず、鋭い視線で彼女を睨み返した。


 しかし、マチルダはそれすら嘲笑で受け流す。そして、不意に彼女の腹がわずかに動いた。


 “ドドォォォン!”

 

 ハウロンを上回る爆音が、監獄の石壁に響き渡る。


 今度は魔獣達だけでなく、近くの囚人達までその異常な音に驚いて顔を上げた。


「どうだい? お前の“威厳”もこれで形無しだな(笑)」

 

 マチルダ("怒の魂")は、冷たく笑いながらハウロンに告げた。


 ハウロンは苦々しい顔をしながら、椅子に倒れ込む。


「くそっ…」

 

 流石に悔しさを隠しきれていない様子だ。


 しかし、彼は決意の籠った瞳でもう一度立ち上がる。


「いいか、これが村のリーダーたる俺の底力だ!」

 

 ハウロンが力強く息を吸い込むと、腹の底から湧き上がるような爆音が轟いた。

 

 "ブォォォォンッ!”

 

 その音は鉄格子を揺るがし、監獄の壁を震わせる。


 しかし、対するマチルダも一歩も引かない。


 彼女の瞳には“怒の魂”の冷たい光が宿り、顔には余裕の笑みが浮かぶ。


「愚かな村人風情が…これが真の恐怖の力だ!」

 

 マチルダの腹が再び音を奏でた。

 

 "ドドドォォォン!”

 

 ハウロンの音を凌駕する爆音が監獄中を満たし、看守達は思わず耳を塞いだ。


「くそっ、このままじゃ俺の威厳が保てねえ!」

 

 悔しげに呟くハウロンは、再び全身の力を込めて挑む。


 こうして二人の“壮絶な戦い”は始まり、昼夜を問わず続けられることとなった。


 それはなんと三日三晩にも及んだのだった....。


 ──────────────────


 一方その頃──。

 

 アストリア一行は、遠く離れた森の中でハウロン救出の作戦会議をしていた。

 

 夜の冷たい風が木々を揺らし、篝火の揺れる明かりが彼らの顔を照らしている。


「で、どうする? あの厳重な監獄にどうやって乗り込むんだ?」

 

 ローハンが腕を組み、険しい表情で問いかける。


 その場の誰もが深く考え込む中、突然アストリアが口を開いた。


「俺に任せろ。」


 その自信に満ちた声に、一同が一斉に顔を上げる。


「実はな、俺にはまだ誰にも話していない“秘策”がある。」

 

 アストリアは胸を張り、誇らしげに言った。


「自慢じゃないが、俺は城にいた頃、『』と呼ばれていたんだ。」


「……オナラの貴公子?」

 

 ローハンが目を丸くし、マチルダ不在の今、彼に代わるように冷静なツッコミを入れる。


 しかし、アストリアは全く気にかけず話を続けた。


「そうだ。俺のオナラの威力は常人のそれをはるかに超える。かつて訓練場の壁を一撃で吹き飛ばしたこともあるくらいだ。」


 一瞬、場に沈黙が訪れる。


 しかし、アストリアの真剣な表情に、誰も笑うことができなかった。


「で、具体的にはどうするつもりだ?」

 

 ローハンが苦笑を浮かべつつ尋ねる。


「俺が全力でオナラをかまし、空中を飛びながらガルム城に突撃する。その衝撃で壁に大穴を開け、大混乱を引き起こす。その隙にお前達が城内に潜入し、ハウロンを救出するんだ。」

 

 そう言い放つアストリアの目には、確固たる決意が宿っていた。


 ローハンが絶句していると、セラフィスが一歩前に出る。


「その案、試してみる価値が十二分にあるね。」

 

 冷静で知的な彼の声が響くと、ローハンは困惑しながらも押し黙るしかなかった。


「よし、作戦は決まりだな!」

 

 アストリアが手を叩き、一同の顔を見渡した。


 こうして、一行はハウロン救出のため、かつてない奇策を実行に移すこととなったのだった....。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る