第12話: 女盗賊マチルダ登場

 旅の道中、アストリア達は気づいていた。


 少し離れた場所から、微かな足音が常に彼らを追いかけていることを。


「まただ…こいつ、何が目的だ?」


 アストリアが低く呟き、空気の振動がする方を振り向くと、木々の影から微かに服のはためく音が聞こえる。


「誰かが俺達をつけてるみたいだな。」


「フン、盗賊の類か?」


 ローハンは大きな手で斧の柄を握りしめた。


「チッ、気付かれたか(笑)」


 そう言いながら音の主は大きな矢筒を背負いながら軽快な動きでアストリア達の前に飛び出してきた。


 目の前に現れたのは、まだ十代くらいの少女だった。


 野性的で精悍な顔立ちだが、どこか憎めない笑みを浮かべている。


「私はマチルダ。まあ、盗賊って呼ばれてるけど、そんな物騒なもんじゃないわ。ただ、あんた達に興味があっただけ。」


 アストリアは眉をひそめた。


「興味?俺達に?」


 マチルダはニヤリと笑う。


「あんたじゃないよ。私が見てるのは…」


 言いかけて口をつぐむ。


「はぁ?」


『はぁ?』


 アストリアも彼の心の中のセラフィスも彼女の言いたいことが分からず、キョトンとしている。


 彼女は、以前偶然目撃したアストリアの戦闘中の姿――正確には、危機的状況で冷静沈着な"セラフィス"に変身する瞬間――にすっかり心を奪われていた。


 (.....別に、あんな弱そうなヤツなんて、全然気になってないし!)


 そう自分に言い聞かせながらも、彼女は無意識に頬を赤らめ、跡をつけずにはいられなかった。

 

 (頭脳明晰なセラフィスも恋愛に関しては無頓着ってわけか(笑))

 

 人生経験豊富なローハンは彼女の意図することに気づいていたが、その光景を微笑ましく思い、敢えてそっとしておいた。


「とにかく、私も着いていっていいかしら?」


 マチルダは少し照れながら言った。


「別にいいけど、足を引っ張るなよ。」


 アストリアは面倒くさそうに言う。


「ひ、引っ張る訳ないでしょ!私だって立派な弓使いなんだから!」


 マチルダは顔を赤らめて怒る。



 ###########################



 アストリア達一行は、険しい山道を進んでいた。


 ゴツゴツとした地面が続き、足元に注意を払わなければ転びそうな道だ。


 ローハンが口を開いた。


「やけに歩きにくい道だなぁ……なんだか妙な感じがするぞ。」


 次の瞬間、地面全体が大きく揺れた。


 振動とともに大地が持ち上がり、巨大な草属性ゴーレムが姿を現した。


 一行が歩いていたのは、なんとその背中だったのだ!


「危ない!下がれ!!」


 アストリアが叫び、剣を構えるが、ゴーレムの巨体から繰り出される一撃でバランスを崩しそうになる。


「セラフィス、頼む!!」


 アストリアは叫ぶ。


 セラフィスが即座に憑依し、アストリアの目に蒼い光が宿る。


「時間がない!弱点を探すよ!!」


 彼は"スキャニング"を開始する。


「胸部だ!心臓部の核を破壊しなければ、奴は倒せない!」


 セラフィスはアストリアの脳内にゴーレムを含む周囲の立体図面を転送した。


 背後ではマチルダがセラフィスを見つめて、気もそぞろになっていた。


 (か、かっこいい...)


 マチルダはつい戦いを忘れてセラフィスをチラチラと見てしまう。


 そんな様子を見ていたローハンがぼそっと呟く。


「おいおい、あの女盗賊、戦う気あるのかよ….。」


 セラフィスから主導権が戻り、アストリアが苛立ちを抑えつつ声をかける。


「マチルダ!ボーッとしてないで、ちゃんと戦闘に集中してくれ!」


「は、はぁ!? べ、別にボーッとしてなんかないわよ!」


 とマチルダが慌てて否定するが、その顔は赤いままだった。


 アストリアはゴーレムの急所である胸部を狙い攻撃を仕掛ける。


「マグナム・トニトルス(大いなる雷鳴)!!!!!」


 しかし、ゴーレムの草属性の装甲は特殊で、雷の攻撃を吸収して跳ね返してしまう。


「くそ、雷が効かないなんて……!」


 ゴーレムがさらに大きな腕を振り下ろし、全員を押しつぶそうとする。


 その瞬間、マチルダが静かに弓を構えた。


「……全然やる気ないとか言ってくれちゃってさ。見てなさいよ!」


 彼女の手に炎が灯り、その炎が弓矢を真紅に染め上げる。


 彼女はアストリアにもローハンにも告げていなかった、自らの奥義を解放したのだ。


「サギッタ・アルデンス(燃え盛る矢)!!!!!」


 放たれた炎の矢はゴーレムの巨体を包み込むように燃え広がり、その全身を焼き尽くしていく。


 草属性のゴーレムは炎には無力だった。


 崩れ落ちる巨体とともに、魔力の核も灰となって消え去る。


 燃え尽きたゴーレムの残骸を前に、アストリアとローハンは呆然と立ち尽くした。


「……あのさ、なんで最初からそれ使わなかったんだ?」


 とアストリアが苦笑しながら尋ねる。


「別に隠してたわけじゃないのよ。ただ...必要がなかっただけ。」


 マチルダはそっぽを向きながら弓をしまい、そっけなく言う。


 ローハンは肩をすくめ、笑みを浮かべた。


「まあ、隠し玉ってやつだな。いい仕事だったぜ、女盗賊さんよ。」


「見事な力だ。でも、次からはもっと早く使ってくれよ。」


 とアストリアは困ったように言う。


 その言葉にマチルダは顔を赤らめて反論する。


「う、うるさい!次からはちゃんとやるわよ!」


 マチルダが新たに仲間に加わり、四人の新しい旅の始まりだ。


 マチルダはそっけないふりをしながらも、アストリアの後ろ姿にセラフィスの幻影を感じていた。



 ローハンは微笑を浮かべてその様子を見守っていた。


「ま、なんだかんだ楽しくなりそうじゃねぇか。」

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