鉄と少年 第15話
廃倉庫からアルたちが出た瞬間、後ろにあった屋根を突き破って“それ”は現れた。
大気を震わしながら組みあがっていくその姿は、まるで魔法のように現実感がない。空を覆いつくさんほどの巨体、金属でできた大きな両腕。まさしく————
アイゼンがこれをとっておきといったのも頷ける。重火器は搭載していないが、そんな物がなくったってその巨腕を振るうだけで人間など、いや街一つくらいは難なく滅ぼしてしまうだろう。
こんなものが暴れ始めたら警察組織ではどうにもならない。これと戦うにはそれこそ戦争をするくらいの軍事力が必要になる。
「おい、アル!あんなもん、二人がかりでもさすがに無理だぞ!?」
「……だめ、アイゼン。もうやめて!」
弱音を吐くシリウスの横でエリーゼは涙をこぼしながら巨人を見上げていた。
正直、アルにもあの巨人と戦って勝てる気はしていなかった。だが、そんなことにはならないことはわかっていた。
鈍感なシリウスはともかく、エリーゼはもう気づいていた。————異能であれほど大きな巨人を作ったことの代償に。
「大丈夫だ。もう少しすれば全部終わる」
「はぁ?オレたちの命がってことか!?」
「黙ってろ、みてればわかるから」
わたわたと騒ぐシリウスをよそに、静かに事の顛末を見届けるためにアルは巨人を見上げ続けた。
周囲の鉄をさらに吸収し、巨人はみるみる大きくなっていく。だが、それも巨人が三十メートルくらいになり、動きを止めた。そして、今度は末端部分からぼろぼろと音を立てて崩れ始めた。
「崩れてる……?どういうことだよ、説明しろアル」
「見たとおりだ、自壊してるんだよ。あんな異能の使い方して、魔力が持つわけないだろ。あれだけのサイズだ、アイゼンの異能が無くなったら自重に耐えられなくなって、勝手に壊れていってもおかしくないだろ」
「じゃあ、中にいるあいつは……」
「このままじゃ、崩壊に巻き込まれて死ぬだろうな。だからその前に助けるぞ!……エリーゼはここで待っててくれ。あのバカ野郎の傷を治してもらわないといけないからな。————いくぞ、犬!」
巨人の二の腕が崩れ始めたのを確認すると、アルとシリウスは崩れ行く巨人が降らせたくず鉄の雨の中へ飛び込んだ。
刀を抜いたアルを先頭に、降り注ぐくず鉄を切り裂きながら二人は地上を進む。そんな状態でも視線は巨人を捕えている。
魔力切れの影響は末端部分からの方が大きいはずで、アイゼンのいる部分は崩れるのは一番遅いとアルは予想した。すでに手と頭が崩れ、残るは胴体だけだった。だが、胴体は巨塔のように太く、正確な位置を見極めるのは至難の業だ。胴体が崩れるのだって時間の猶予はない。それに変なところをぶち抜けば、その衝撃で崩れることだって考えられる。————チャンスは一回。
「おい、犬!どこにいるか、わかんないのか!?おんなじ異能者だろ!ほら、気配とか、においとかで」
「わかるわけないだろ!」
「この、役立たず!」
くず鉄の雨は巨人が崩れれば崩れるほどに加速度的に雨量が増している。おかげでアルとシリウスは先ほどから巨人に近づけてすらいない。一か八かでシリウスの感覚にかけたアルだったが、全く役に立たなかった。
「アル!アイゼンはあそこ!あの真ん中!!」
エリーゼの声がくず鉄の雨を切り裂き、アルたちのもとへと届いた。彼らにはない、つながりがアイゼンのいる場所を感じ取らせたのだろう。
「犬!コンビネーションパターンDだ!」
「えっ??……Dってどれだよ!?」
「もう!ほら、踏み台のやつだよ!ほら、俺が跳ぶから全力でやってくれ」
「あー、アレか。わかった」
あほなシリウスに作戦を伝えると、アルは全力のバックステップで巨人から距離をとった。アルと巨人のちょうど真ん中にシリウスが両手を組んで構えたのを確認すると、そこに向かって全速力で走った。
歩幅を合わせ、シリウスの組んだ手の上に右足を乗せる。と、同時にアルの体をシリウスがぶん投げた。
「いっけぇえええっ!」
獣化の異能まで使用した全力での大ジャンプ。跳躍するアルの体はまるで弾丸のような速度で、巨人の胴体の中心付近まで飛翔した。
「うぉおおおおおおおっ!」
空中で刀にありったけの魔力を流し、振るった。
紫電一閃、アルの一撃は巨人の胴体に一メートルほどの傷を作り上げた。それでも巨人の中からアイゼンの姿は現れなかった。だが、中にある空洞がかすかに顔を出した。
アルは降り注ぐくず鉄を足場にして、空中を駆けた。そして、胴体に刃が届く場所まで近づき、全力で刀を振るって傷を抉り削った。
アイゼンがいたのは、ちょうど中心。鉄で囲まれた円形の空間を作って、そこに手足を固定し、磔のような体制で巨人を制御していたのだ。
「おい、助けに来たぞ」
「……てめぇ、……なんで」
「言っただろ、助けに来たって」
アイゼンの反応は薄い。魔力不足のせいで意識が朦朧としているのだ。おそらく固定した手足を外すことすら難しいだろう。
「おい、動くなよ。いま出してやる」
アルは手足を固定していた鉄を切り裂いて、アイゼンの体を切り離した。すると、その瞬間、最後の支えだったアイゼンの異能の力が無くなり、崩壊が加速した。
アイゼンを背中に担いだアルは大急ぎで自分が開けた穴を逆戻りする。戻る間も頭上から鉄の雨が降ってきていたが、両手が埋まっているので躱しようもなく、力づくで突き進んだ。
「おい!犬、キャッチ!」
「あっ?」
出口を勢いのままに飛び出すと、着地は下にいたシリウスに任せた。
一瞬、完全に気を抜いたシリウスがあほ面をさらしたが、声に気づいた瞬間に異能を発動させて、アルたちを受け止め体勢に入った。
ズサーと情けない音を立てながら、受け止めたシリウスも巻き込んで、三人で地面に転がった。
「いってぇな、おい」
「お前のキャッチが下手だからだろ」
一番下でシリウスが文句を言うものだから、まだ動けないアイゼンをアルが抱え上げて、立ち上がった。背後にはすでに巨人の姿はなく、ただのくず鉄の山だけが残っていた
「……なんとかなったか」
「ああ。————なあ、アル、頭に刺さってんぞ」
「えっ!?」
アルの頭にシリウスがおもむろに手をやると、なにかが頭から抜かれた。その瞬間に、暖かい液体がアルの頭から滴り、視界が真っ赤に染まった。
そのあとのアルの記憶はおぼろげだ。覚えていたのは、
「————アイゼン、アイゼン!」
涙ながらにアイゼンに駆け寄るエリーゼの姿だけだった。
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