鉄と少年 第13話

 廃れた倉庫の外、割れた窓ガラスの向こうから魔術師と異能者の戦いを見る者がいた。

 大空の青を思わせる色の軍服に身を包み、癖のある金髪をした碧眼の男。

 気配は消していなかったが、中にいる誰しもが目の前で繰り広げられる戦いに集中していたため、彼の存在に気づく者はいなかった。

 そして、彼自身もまた倉庫内の戦いを一心に見つめていた。


「すごいものだな。異能者同士の戦いとは」

 男はひとりでにつぶやいた。

 力を持たない者たちを中心に構成されている各国の軍隊では魔術師と異能者の区別をつけない。いや、正確には“つけられない”というべきだろうか。魔力を認知できない人間からすれば、魔術と異能の区別などつけようもない。ゆえにどちらも異能者という同一の呼称で呼ばれている。

 実際には魔術師と異能者の戦いなのだが、そんなことを知る由もない男の視線は雷を纏う魔術師の少年へ注がれていた。

「あの少年の速さと鋭さ。あれほどの力があれば、私にも異能者が殺せる。————私の目指す頂は、あの少年だ」

 軍隊を持たないはずの国連軍に作られた、各国のトップエースのみが所属する対異能者用部隊の隊長である彼の目的は、異能者の殲滅。

 過去に凶悪な異能者たちによって大切な人たちを殺された彼は、その心に復讐の炎を宿していた。だが、トップエースである彼でさえ、異能者たちには歯が立たない。彼自身、それを自覚していた。だからこそ、目の前でおこなわれている戦いを羨望の目で見つめるしかない歯がゆさに身を震わせていた。

 戦いは熾烈を極めていた。雷の少年に対する異能者が全力を出し、武器をかわるがわる作り出しながら戦い始めた。その攻撃力に雷の少年は防戦一方だ。

 男が見るに、直接的な戦闘力は雷の少年の方が高い。だが、戦いには相性がある。雷の少年の速さは驚異的だ。“現代の剣聖”とまで呼ばれている男でさえ、この距離で追いかけるのがやっとなほどに。だが、攻撃力はそれほどではなく、相手の守りを突破できるほどではなかった。

 対して、相手の異能者は速度こそ雷の少年には遠く及ばないものの、攻撃力は十分と言えた。戦いが長引けば、雷の少年の動きを捉えることも難しくないだろう。となれば、雷の少年の方が不利と見るのが自然だ。だが、男はそうではなかった。

「あの少年、……手を抜いているのか?」

 男は雷の少年の戦い方、立ち回りの端々に剣士のそれを感じていた。しかも相当な練度の。普通ならば気づかないであろうが、同じ剣士であり、剣聖とまで呼ばれた男ならではの感覚だった。彼の感覚では、相対する異能者は刀を使うが剣士ではなく、作るものだと感じていた。その差は大きな隔たりであり、刀を持てば雷の少年が巻けるはずがないと疑念すら持っていない根拠であった。

 不意に、衝撃音とともに、煙が舞い上がった。男が立っていた窓の横の壁をなにかがぶち破ってきたのだ。

「いってぇ、やっぱ刀がないときついな」

 舞い上がった煙の向こうから声が聞こえた。瞬間、男は理解した。雷の少年が異能者の攻撃によってこちらへ飛んできたのだと。

 さすがは異能者の蹴りといったところで、雷の少年はトタンの壁を骨組みごとぶち破って、さらに一メートルほども飛ばされていた。

 本来、お忍びでここにきている男は彼と会話するわけにはいかなかった。だが、刀を持った少年の戦いが見てみたいという気持ちが勝ってしまった。ゆえに、

「少年、刀を持っていないのか?」

「……えっ?」

 とってはならない行動と分かっていながら、雷の少年に声をかけていた。

 誰もいないはずの場所からの声に、雷の少年は驚きの表情を浮かべる。そして男と目が合うと怪訝な表情を浮かべた。男が身に着けている軍服がどこの軍隊のものか、少年は知らなかったからだ。加えて、その腰には刀と脇差の二本が刺さっているのだ。警戒しないはずもない。

「あんた、軍人か。どこのやつか知らないが、なんでこんなところに……」

「あいにくこの街には極秘任務で来ている。君たちと事を構えるつもりはない。……それよりも、刀はどうしたと聞いている」

「……あいつに折られた」

 男に問い詰められ、しぶしぶといった様子で少年は答えた。その答えで男はようやく納得した。

「そうか、使いたくとも使えなかったのだな。……では、これを君に渡そう」

 男はおもむろに腰の刀を鞘ごと抜き、少年へ投げ渡した。反射的に受け取った少年は眉間にしわを寄せ、疑いの目で男を見た。

「なんで俺にこれを?……あんたに利はないとおもうが」

「ふふっ、なんてことはない。……私は君の真の実力を見てみたい。ただ興味があるだけさ。それに抜いてみれば、返す気など起きないと思うが」

 疑いの目を男に向けたまま、少年は促されるままに刀を鞘から少し抜いた。その刀身を見て目の色が変わったのを、男は見逃さなかった。

「銘はないが、それなりの刀だ。————君が振るうのに不足はないはずだ」

「……いいだろう。もらえるもんはもらっておいてやる。その代わり、俺たちは出会ってない。これはここに落ちてた。俺はそれを拾った。それでいいな」

「話が早くて助かる。————さあ、君の力を存分に発揮してきたまえ!」

 少年の背中を押すように男が言った言葉を無視して、雷の少年は廃倉庫の中へ飛び込んでいった。

 男はその様子を狂気の笑みで見送った。

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