鉄と少年 第11話

 大ジャンプの勢いのままにアルは右の拳を突き出した。

「エリーを返せ!あいつはお前らみたいなのがっ気やすく触っていい子じゃねえんだよ!」

 アイゼンはするりと避けると、アルの脇腹へ蹴りを放った。普通であれば、直撃であろうその一撃をアルはギリギリ肘で受け止めた。だが、蹴りの勢いは消せず、中空で半回転し右手から四つん這いで着地した。

「だ~か~ら~、俺は保護しに来たって言ってるだろうが!それにエリーゼだけじゃない。お前もだ!」

「そう言ってお前らはすぐに嘘をつく!そんな手にはもう二度と引っ掛かるものか!」

 数度の打ち合いの末、アイゼンは拒絶の言葉とともにアルを当身で吹き飛ばした。大きく後方へ飛ばされるアルだったが、体を反転させて勢いを殺した。

「この分からず屋!」

 予想通りの反応だったのだが、自然と悪態をついていた。

 チラリとアイゼンの視線が入り口の方へ向いた。

 入り口で戦っていたシリウスの方はすでに片が付いているようで、手下のガキの姿はなかった。そのため、二人ともアルとアイゼンの戦いの様子を安全圏で見守っていた。

「あの役立たずどもが!……エリー!すぐに助けてやるからな!————もう手加減はなしだ」

「それはこっちもだ。昨日みたいに行くと思うなよ」

 アイゼンのギアが上がったのを見ている全員が確信した。だが、それはアルも同じだ。

 今まで使っていた身体強化の魔術に加えて、全身に光をまとった。いや、正確には雷をまとった。体を流れる電気が全身の細胞を活性化させ、筋肉のリミッターを解除していく。————これがアルの属性魔術『雷』だ。


 魔術師にはフェーズと呼ばれる段階があり、別名覚醒度と呼ばれることもある。

 フェーズには1~4まであり、操れる魔術や力の大きさによって振り分けがなされる。

 フェーズ1は魔力の認識。

 フェーズ2は身体能力や視力などの強化や結界などの汎用的な魔術”基礎魔術”の会得。

 そして、フェーズ3以降では魔術師としての本来の力である”属性魔術”を操れるようになる。

 魔力をコントロールできる人間なら、異能者だろうと使える基礎魔術とは違い、属性魔術はフェーズ3以上の魔術師のみが操れる力だ。

 異能との大きな違いは、異能は自身の魔力で自然ではありえないような現象を起こすのに対して、属性魔術は自身の魔力を起点に自然の力を操る

 属性魔術の力は絶大で、個人に合った単一の属性しか操れないという制限があるうえでもフェーズ3より下の魔術師では全く歯牙にかけないほどだ。

 そして、アルのフェーズは4。魔術師の中でもほとんどがたどり着けない頂に至っている。

 アルは自らの体に雷をまとうことにより、自らの身体のスペックを完全に開放することができる。それを身体能力強化の魔術と併用することで人間をはるかに凌駕する身体能力を手に入れた。


「————さあ、第二ラウンドだ!」


 最初に仕掛けたのはアルだ。

 属性魔術を発動したことによって上がった身体能力は、常人ではとらえることすら難しい速度の動きを可能にしている。

 一瞬を超え、刹那で間合いを詰めるとアイゼンの顔面に右の拳を叩きこんだ。

「ぐッ!」

 完全に虚を突かれたアイゼンが大きくよろめいた。

 体がよろめけば、当然隙が増える。その隙を見逃すアルではなく、隙だらけになった胴に数発撃ち込む。鉄を殴るような感覚と拳に走る鈍い痛み。許可された身体能力で殴れば、その分反動も大きくなっているのだ。

 一瞬、アルの顔が険しくなるが、それでも止まりはしなかった。最後の回し蹴りがきれいに決まり、アイゼンは鉄の山の中心へ吹っ飛んで行った。

 状況だけ見れば、アルの優勢だった。だが、アル自身はそうは思っていなかった。

(やべっ、やらかした。アイゼンを鉄の山から離さなくっちゃいけなかったのに……)

 アイゼンの異能が鉄がある場所でこそ真価を発揮するものだとアルは知っていた。だからこそ、戦いを有利に進めるには鉄のない場所、または触れられる鉄の量をある程度こちらでコントロールする必要があった。そのためにはあの鉄の山から少しずつでも離れさせる必要があったのに、たった今そこへアイゼンと押し込んでしまったのだ。

「昨日が全力じゃなかったってのは、ほんとらしいな。だがな、それもここまでだ」

 アイゼンは自身の唇から流れる血をぬぐうと余裕の笑みを浮かべた。

「オラァ!」

 掛け声とともにアイゼンは自分の周囲のくず鉄を勢いよく投げ始めた。大小さまざまなくず鉄が宙を舞うが、狙いは散漫でアルへ向かってくるものは少なかった。それもそのはずで、狙いはアルではない。これはアイゼンが戦いやすいフィールドを作るための準備なのだから。

 それを黙ってみているわけにもいかず、アルはアイゼンへと突撃しようとしたが、絶え間なく投げられるくず鉄の雨に手こずっている間に、アイゼンの準備は終わってしまっていた。

 おおよそ鉄の山が一山分ほどのくず鉄が工場内に散乱していた。

「次はこっちの番だ!」

 フィールドを作り終えたアイゼンが刀を構えて、アルへとまっすぐに突撃をした。

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