鉄と少年 第10話

『おい、アル。捕まえたぜ、鉄集めの小僧ども』

「あー、それなぁ、エリーゼから聞いちゃった。街はずれの廃倉庫だろ」

『はぁっ!?マジかよ、こんななんにもないとこで一晩明かしたってのに』

「とりあえず、俺も向かうから現地集合な」

『なんで、そんな————』

 文句を言おうとするシリウスを無視して、通話を切った。

「よぉし、準備でもするか」

 端末を置いて、荷物の中から特殊制服を取り出す。

 全身が真っ黒なこの制服は、対魔術に特化した特殊な繊維でできたイレギュラーハンターの基本装備だ。とはいっても、こんな真っ黒な制服を常時着てはいられないので、戦闘の時くらいしか着ることはない。

 正直、中二病でもないのに真っ黒な制服なんてセンスがないと思う。言いたくないが師匠は趣味が悪すぎる。……本人の前では絶対言えないけど


「————ん?」」

 制服に着替え終えたのとほぼ同時のタイミングで扉の向こうに気配を感じた。一人や二人ではない。この船の中にいる人間は限られている。となれば、なんとなく誰が来たのかは察しがつく。

「お前ら、どうしたんだ?」

「————兄貴、話があります」

 扉を開くと、真面目腐った顔をした三人がまっすぐにこちらを向いて立っていた。その後ろには申し訳なさそうな顔をしたエリーゼの姿もあり、図らずも船内にいる全員がこの場に揃うことになった。

「……これからあの大男と戦いに行くんですよね」

「ああ、……お前らは連れていかないぞ。危ないからな」

 どうせやられた仕返しをしようと思ったのだろうと、高を括っていたのだが三人とも神妙な顔つきでたじろぎもしない。どうやら違うらしい。

「俺たちは別にいいんです。けど、エリーゼちゃんは連れてってあげてくれませんか。この通りです」

 狭い空間の地面に三色の頭がきれいに並んだ。

 器用なもんだと呆れ半分、どうしたもんかと悩み半分。エリーゼを連れていくこと自体はできる。だが、たぶんアイゼンの説得は無理だ。そうなれば戦闘になる。その様子をエリーゼに見せるのはさすがに気が引ける。

「アル、お願い。私もアイゼンを止めたいの。一緒に行かせて」

 まっすぐにこちらを見て、エリーゼは懇願した。その目には決意が宿っていた。と同時に握りしめた拳が震えているのが見えた。

 彼女にもこの先何が起きるかわかっているのだ。そのうえで一緒に行きたいと告げている。そこまで決意しているのなら、誰にだって止める権利はない。

「わかった。でも、廃倉庫に着いたらシリウスから離れないこと。……それが条件だ」

「ありがとう、アル」

 エリーゼの緊張で固まっていた表情がようやくほころんだ。彼女にはこういう表情がよく似合う。

「お前ら、ありがとうな。あとは俺たちが引き受けた」

「俺らが付いて行っても足手まといになるだけですから。エリーゼちゃんたちのこと、よろしくお願いします」

 起き上がると、三人とも心苦しそうな顔をしていた。

 彼らも自分たちの力では危険ということを身をもって知っている。だから、無理にはついてこようとしない。その判断ができるだけでも十分だ。

「————ご武運を」

 エリーゼと二人で船を降りるとき、三人がへたくそな敬礼で俺たちを見送っていた。




「ご苦労だった。危ないから帰っていいぞ。……あ、そうだ、あの隠れ家にいるほかのやつも逃がしてやっていいからな」

「ひぃいいいいいい」

 廃倉庫に着くと、シリウスがガキ一人を逃がしているところだった。泣きながら走り去っていくあたり、シリウスに相当いじめられたのだろう。俺たちのことも見るなり、避けるように全力で走り去っていった。

 なんだか、あの野蛮人と一緒にされたみたいでひどくむかついた。

「ようやく来たか。遅かった————いてっ、なんだよいきなり」

「なんかむかついただけだ、気にするな。で、中の様子は?」

「ああ、なんかデカいやつとガキがいっぱいだった、よっと」

「いってえな、なにすんだよ」

「やられたから、やり返しただけだ」

 憂さ晴らしで一発殴ったら、反撃されてそのまま勢いで何度も同じようなやり取りで殴り合った後、疲れてやめた。殴った回数はこちらの方が一回多かったしな。

 そんな様子を見て、エリーゼはくすくす笑っていた。あの三人組の時と同じようにじゃれ合いの類だと思われているのだろう。

「中にアイゼンもいるみたいだし、乗り込むとしようか。……犬、段取りはわかってるな」

「お前がアイゼンと戦う、オレはこの子を守ればいいだろ。好きに戦え」

「わかってるならよし!————行くぞ」

「よっしゃ!」

 錆びついた倉庫の扉をギイギイと言わせて力ずくで開く。あまりに立て付けが悪いせいで、扉の音は倉庫内に響き渡って、意図せず俺たちの到来を伝達した。

「アイゼン君のおうちはここですか!遊びに来ました!」

 なんてしゃれたジョークを言ってみたのだが、ご家族の方のセンスとは合わなかったご様子で、みんなしてこちらを睨んできた。そのままどんどん押し寄せてきて、あっという間に俺たちの周りは半円で囲まれていた。

 一応、背後は空いているのだが、引く気はない。

「アル、お前は先に行け。こいつらくらいなら、守りながらでもどうにでもできる」

「任せた。————殺すなよ」

 その言葉にシリウスはにっと笑った。

「アル、アイゼンを止めてあげて」

「ああ、任された。————行ってくる」

 右足に魔力を集中し、思い切り踏み切る。

 大ジャンプで人の波を飛び越えると、見えたのは天井近くまで積みあがった屑鉄の山。倉庫の四分の一ほどが屑鉄に埋まっているようだった。そして、その山のふもとでアイゼンが偉そうに座っている。

「またやられにきたのか!」

「今度は負けねえよ!」


 ————今、激しい戦いの火蓋が切って落とされた。

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