魔術と異能が交差するこの世界で【Re:make】

ヌン

プロローグ

プロローグ 第1話

 街灯のない曲がりくねった山道。

 一台の車が急加速と急減速を繰り返しながら走っていた。

 幸いにも周囲にほかの車が走っていないおかげで事故にはなっていなかったが、曲がるたびに大きく逆車線にはみ出すその走行は、一歩間違えば大事故になりかねないほど危うい運転だ。それにもかかわらず、車は加速を続けていた。


 おそらく運転手は対向車とぶつかって事故になるなんてことを考えている余裕がない状態だ。あるのはすぐに逃げなければならないという焦りと、追いつかれれば捕まってしまうという強迫観念だけだ。

 山の中腹ちゅうふくに入り、道が直線になると車はさらにエンジン音を大きく響かせて速度を上げた。

 車の速度は時速六十キロほど。これ以上、速度を上げられると気づかれずに追跡するのは難しくなる。

 追跡に気づかれれば、今でさえ、これほど危ない運転をしている運転手がなにをするかわからない。だからと言ってこのまま見逃すと、この山道の先にある街で事故を起こす可能性が出てくる。その方が被害は甚大じんだいだ。

 様々なリスクを考えて、この山道で決着をつけることを覚悟した。

 見つかることを承知の上で、ふっと息を吐いてギアを一段階あげる。


 体にぱちぱちと瞬くスパークが走り、光が全身を包み込むと同時に全身から力があふれだした。

 すでに車の速度は時速七十キロに迫っているが、身体強化の魔術+(プラス)α(アルファ)のこの状態なら置いて行かれる心配はない。だが、光をまとったことにより、俺の存在が運転手に露見ろけんしてしまった。おかげで車の走行はさらに荒れ狂っている。

 短い直線で限界まで加速、そしてカーブの手前で急減速、結果曲がるための減速が足りず、ガードレールに車体をこすりつけながらぎりぎりで曲がっていた。

 すでに扉には大きなへこみと黒い跡、窓ガラスのほとんどは割れて、ガリガリと何かがけずれるような音まで響いてきている。すでにあの車は満身まんしん創痍そういだった。

 今はゆるく曲がりくねった道なので、車体をこすりつけることでなんとか曲がれているが、この先にほぼ百八十度の急カーブが待っている。あの勢いのまま突っ込んだら、ガードレールを突き破って崖下にダイブするのが関の山だ。————その前になんとか止めなければ。

 追跡を始める前にこのあたりの地図は頭に叩き込んできている。急カーブの前には緩いカーブが何度か続いていたはずだ。道路を走る車はそれに沿って走らなければいけないが、自らの足で走る俺は道の流れを無視して走ることができる。要するに山の中を突っ切ってしまえばいいのだ。

 この山道は片側はガードレール、もう片側は擁壁ようへきになっていた。擁壁ようへきというのは山で土砂崩れが起きないように傾斜をコンクリートで壁のように固めているものだ。つまり擁壁ようへきの上は山の中につながっている。道路を走るよりもそちらを走る方がショートカットできるはずだ。

 一瞬だけ速度を緩めて、追いかけるための走りから跳ぶための走りに切り替える。

 二歩の助走ののち、右足を全力で踏み切って擁壁ようへきの上へ跳び乗った。

 擁壁ようへきの上はまさしく山の中だった。

 反射的に両腕で顔を守るが走りは止めない。生い茂った葉や枝が体の端々をかすめていくが、どうってことはない。……めちゃめちゃ痛いけど、どうってことない!

 体に当たるものをすべて蹴散けちらしながら全力で山の中を駆け抜けた。



 急カーブの少し手前で道路の方へ顔を出しても、追いかけていた車はまだおらず、代わりに後方からガリガリという嫌な音を響かせながら車が走ってきている気配がした。

 予定通り車の前まで来ることができたことを確認し、道路へと下りた。と、同時に猛スピードで車がこちらに向かって走ってきた。

 突然現れた光る物体に驚いてか、あるいは自分を追っていた追跡者が正面に現れたからか、どちらにせよ甲高いブレーキ音を鳴らして車は急ブレーキをかけた。

 ブレーキによって急速に車の勢いは衰えていくが、それでも車は止まらない。俺の横を通り抜けていくと、そのまま急カーブへと差し掛かった。

 速度が下がったおかげで勢いのままに崖下へ、なんてことはなく、ガードレールにぶつかるとガリガリと火花を散らながら沿うように走り、カーブの中ほどでようやく停止した。

 停止した車のフロントからは煙が上がり、運転席ではエアバッグが開いているのが見えた。運転手がピクリとも動かないところを見るに、再度車が走り出すことはないだろう。

 車に駆け寄ると、かろうじて開きそうだった助手席側の扉を力づくでこじ開けて、中にいた運転手を引っ張り出す。

 出てきた運転手の顔を確認すると、情報にあった宝石強盗で間違いなかった。全身を打ち付けて多少出血しているようだが、命にかかわるような怪我をしている様子はなかった。

 ふと、ガソリンのにおいが鼻についた。壊れかけの車のどこかから漏れているのだろう。

 大急ぎで運転手を担ぎ出し、ついでに盗まれた宝石が入っていると思わしきアタッシュケースも持って車が爆発しても安全な距離まで移動して寝かせた。

 アタッシュケースの中身を確認していると、不意にこちらを見つめる宝石強盗と目が合った。

「な、なんなんだ、おまえは……」

 目の焦点はあっておらず、こちらをきちんと認識できているかどうかも怪しかったが、聞かれたからには答えようとおもった。

「————俺はアル。魔術師だよ」

 返答を聞いたためか、宝石強盗は意識を失った。

 遠くからサイレンの音が聞こえてくる。

 周囲の山に響いて距離がわからないが、目標は十中八九こいつだろう。

 見上げると空の色は変わり始めていて、じきに山の頭から太陽が顔を出すだろう。日が出てしまえば、万が一ここを通った車に宝石強盗がひかれることもない。

 警察に見つかってしまうと面倒なことになるので、この場を離れるとしよう。

 念のため、宝石強盗と宝石をできるだけ路肩に移すと、逃げるように擁壁ようへきの向こうへと飛び込んだ。

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