プロローグ 第2話

「おい、兄ちゃん。起きろ、もうすぐ着くぞ」

 そんなぶっきらぼうな野太い声で目を覚ました。

 まだ起き切っていない頭のまま体を起こすと、半分だけ開いた船室の扉からガラの悪い船員がこちらをにらんでいるのに気が付いた。

「あと二十分もすれば港に着く。荷物をまとめて甲板かんぱんに出て来いよ」

 船員は不機嫌そうにそれだけ言って、どこかへ行ってしまった。

 壁の時計を見ると、時刻は昼過ぎ。銀行強盗の暴走を止めた後、船に着いたのが明け方だったはずなので、片手で数えられるくらいの時間しか寝ていない計算になる。

「……ねむっ」

 ただでさえ眠たいのに、起こしに来た船員は愛想が悪いし、ふてくされて二度寝でもしてやろうかとおもったが、それで後々師匠に怒られるのは嫌だったので渋々ベッドから出ると荷物をまとめる。

 カバンから出していた少ない荷物をしまうと、そのまま抱えて甲板かんぱんへと向かう。


 甲板かんぱんに出ると、周囲に広がるのは見渡す限りが青い水平線。雲は高く、太陽がさんさんと輝いていて真っ青な海に光が乱反射している。————その輝きは寝不足の頭には刺激が強すぎるくらいだ。

 数秒目を細めて、光に鳴らしていると正面にぼんやりと何かが見えてきた。

 中央には大きな金属の塔が立ち、それ以外の部分に関しても銀色をした建物が立ち並んでいる。ここからは見えないが、島の四分の一は雪に包まれているという自然界では存在しえない様相の島。————人工島ドライ、別名“魔法使いの島”と呼ばれる、魔法と科学で作り上げられた動く島だ。


 島の構造は、中央に円形の大きな島があり、その周囲の東西南北にバウムクーヘンを四分の一にカットしたような形をした島が浮かんでいる。この東西南北に浮かんだ島をフロートと呼び、各フロートには番号も割り振られているのだが、島の主である魔法使いが呼びにくいと駄々をこねたので、島民のほとんどは中央区や北区のように方角+区というような呼び方をしている。

 それぞれのフロートには役割があり、中央は真ん中にそびえたつ管理塔で島の管理・運営を担当している。島の大事な機能のほとんどはここに集中しており、中央区が無くなると人工島ドライはバラバラになるらしい。

 東区が居住区、南区は港に面した商業区、西区は工業地帯、北区は一応居住区ではあるのだが、島の稼働初期にあった事故により天候を管理している環境システムが故障しており、雪に包まれてしまっている。そのため住んでいるのはごくわずかな人になっている。

 そんな人工島だが、島の大きさ、住んでいる人の数、どちらも増え続けており、最近ではフロートの追加という話も上がっているらしい。ということもあり、正確な島の大きさや、島民の数を俺は把握していない。

 動力は海の下、深海を流れている龍脈から取り出した魔力で、それを島民の生活に必要な電力などに変換して利用している。

 龍脈の流れは複雑かつ難解なもので魔法使い以外にはわからないため、魔法使いがいなくなるだけで島はエネルギーが枯渇こかつして沈んでしまう。中央区と同じく島の運営において中核を担っているのだ。それもあり、島の中には魔法使いの意向が組み込まれているところがある。

 例えば日本が好きだから各フロートにある環境システムは四季を再現できるような大掛かりなものが組み込まれている。おかげで電力は食うわ、北区が雪に包まれる原因になるわと、個人的にはあまりいい印象がない。

 それに合わせて建物の様式はレンガ街か日本家屋がいいとごねたらしいが、さすがにいろいろな加減で難しかったらしく、今のような近未来的な街並みになった。


 近未来的な様相をしている人工島ドライだが、それもそのはずで人工島ドライが完成したのはほんの十数年ほど前だからだ。何十年も前に計画されたが、当時の技術力では机上の空論だったものを魔法使いとそのスポンサーたちが、何年もかけて形にしたものが今のドライだ。

 そこまでの労力をかけて魔法使いの島を作り上げたのには大きな理由がある。

 何世紀も前、世界で一番最初の魔法使いは人々にある力を授けた。————それが『魔術』だ。

 魔法使いより魔術を授けられた人々は『魔術師』と呼ばれ、火を作り、水を操り、風を吹かせた。自然の力を操る魔術によって生活が豊かになったのは言うまでもない。だが、その豊かさは平等には与えられなかった。

 魔術を使うには大気中の魔力を知覚するという最低限の素質が必要だった。その素質を持つものは多くなく、全人類の二割にも満たないほどであった。

 持つものと持たざる者が生まれ、それにより争いが生まれた。その最たる例が魔女狩りである。

 多くの犠牲ののち、争いは一時的な終結を迎えるものの、ほんの一時的なものでしかなく、大きすぎる火種はいつ燃え上がってもおかしくない状態だった。争いを避けるため、魔法使いたちは魔術師などをまとめ上げ、安住の地を求めて旅をし、その果てにたどり着いたのが人工島計画だった。


 南区の港に船が着くとそのまま中央区にある管理塔へと向かった。今回の任務の報告を師である魔法使いへ報告するためだ。

 今回の任務は、おそらく何らかの力を持っているであろう人間の調査、とついでに帰り道で起きた宝石強盗の逮捕だ。

 ちなみにメインである調査の方は大外れ。ただそれっぽいことをマジックでやっていただけだった。割と手の込んだマジックではあったのだが……、あれは調査しに行くほどではなかった。


 港を出ると、すぐに南区の商店街通りがあり、そのまま島の中心へと抜けていくとようやく管理塔のある中央区へとたどり着く。

 南区は商業区ということもあり人通りが多いのだが、中央区に入ると途端に人が少なくなった。島の管理などがおこなわれているだけの中央区は、日常生活ではほとんど来る必要がないため。そのため人通りが少ないのだ。そのおかげで管理塔までが生きやすくなって助かるのだが。


 管理塔は、島の中心に存在し、地下も含めた全階層で島の管理業務をおこなっている。島の管理者たる魔法使いは、この塔の最上階で座して階下の人々の生活を見つめている。なんてかっこいいことを言っているが、龍脈から魔力の抽出をおこなうのが下より上でやったほうが楽だから上にあるだけなので、効率重視した結果だ。そのせいで任務の報告をするためだけに最上階まで行かなくてはならない。……正直、めんどくさい。

 最上階へと向かう関係者用のエレベータに乗り、最上階まで行くと短い廊下と大きな扉がある。

 すうっと息を吸い込む。機嫌のいい悪いがはっきりした人なので、毎回会うときには緊張が走る。機嫌が悪い時に当たると最悪なのだ。

 コンコンと扉をノックすると、

「アルです。任務の報告をしに来ました」

 簡潔に用件を伝えた。名乗らなかったり、長かったりしても機嫌を損ねるのでそこにも細心の注意を払わなくてはいけない。

『……入れ』

 扉の向こうから聞こえた声は、薄く怒気どきはらんでいた。あー、機嫌の悪い時だ、行きたくねぇ。

 一瞬のためらい。だが、それもほんの一瞬のことで、

『私は忙しいんだ!早く入ってこい!』

 扉が急に開くと、見えない力で体をつかまれて部屋の中へ引きずりこまれた

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