吾輩の口説き方

渡貫とゐち

#吾輩の口説き方


「今日は気分が良い……吾輩の口説き方を教えてやろう」

「え、本人が?」

「特別に教えてやろうと言っているのだ……どうだ知りたいか?」

「知りたーい」


 と、適当にそう言った女子(おなご)がいた。適当に手を挙げたのだろうが、しかし前のめりだ。口説き方、そんなに知りたいか? というか、知りたいということはつまりそういうことではないのか? 聞いた傍から実践してくれば、確定で彼女は吾輩を狙っていることになる。


 最近まで接点などほぼなかった、団子屋の娘のはずなのにな。


「物好きめ」

「そんなお侍さんはお団子が好きだよねえ。それとも花より団子、よりも目の前の果実かな?」


 体の一部を強調する団子屋の娘。

 己の武器をよく知っている女子だ。まったく、油断もしていられない。


「ふん、果実など余るほどあるわい」

「へえ」

「嘘嘘、実った果実がそう多くあってたまるものか」


 食べ終えた団子の串を素早く取った娘の殺気に気づき、咄嗟に訂正していた。刀を抜くよりも早く口から訂正が出るあたり、吾輩も刀を抜いてもどうにもならんと本能が理解したのだろう。

 やはり油断できん女だ。


「それで。お侍さんの口説き方は?」

「え、ああ……吾輩の場合――おっと、これは吾輩を口説く場合だ、他の侍に同じことをしても斬られるだけであるからして、参考程度にするがよいぞ」

「いいから早く」


 吾輩の団子を勝手に食べながら。厳しい躾けの末の、あのお淑やかさはどこへやった? だらしないというか、柄が悪い。吾輩が言うのだから相当だぞ?


「おう……では伝授しよう。言ってしまば一言だが、短時間で吾輩を口説こうとしても無理だ。短時間で一気に距離を詰めてきたところで、信頼関係など築けないからな。ゆっくりと、長く、だ……さすれば、吾輩はころっと落ちてしまうだろう。なにかを手に入れる欲求よりも、なにかを手離す喪失感を防ぐ方が、足が動くというものだ」


「つまり、毎日楽しく雑談することを、一年二年繰り返したらいいってこと?」

「うむ。日課にしてしまえば、吾輩はそれを失いたくないがために、関係性を前へ進めようとするだろう。絶対とは言い切れんが、失うことを嫌と思えば、自然と動くものだ。侍とは……人間とはそういうものだろう?」


 娘はてっきり「ながーいめんどーい」と文句を垂れるかと思いきや、真剣な眼差しで団子を見ながら考え込んでいる。……食べるかどうかを迷っているだけなのでは?

 結局、最後の団子を取って口に持っていった。吾輩の、なのに。まあよいか。これでつけにしておいてくれ、と言いやすい。


「ふーん……確かに簡単だね」

「だろう? 技術は必要ない。じっくりと、長く関係性を維持しておけば、吾輩は自然と求めるようになるのだよ。吾輩に時間をかけられないくらいなら諦めた方が早かろうぞ」

「短気は愛が軽いと言いたいわけだ」

「言わずもがな」


 大将には、つけで、と言って去ろうとしたが、団子屋のひとり娘に腕を掴まれてしまった。

 彼女との交流は一週間前からである。まだまだ、時間はたっぷりとあるし、必要だった。吾輩を落とすのは簡単だが、時間だけがかかる……それさえも堪えられないのであれば、吾輩には向いていない。

 諦めた方がお互いのためじゃあないか?


「なんだね、悪いがおかわりを頼むつもりはないぞ」


 つけにできないと言われたら、吾輩にできることはない。

 娘に半数を食べられたことを告白するしかないが、できればしたくないことだ――


 すると、娘が取った吾輩の腕が、吸い込まれるように娘の胸に埋まった。

 ぽよん、とも跳ねん。

 埋まって抜け出せない。


 照れ隠しで刀を抜けば、大将の拳が飛んでくるためなにもできず……おお? なんだこれは。

 一体、吾輩になにが起きている?


「長いの嫌だから、もう結婚しよ、このまま私のお胸、好きにしていいから」

「……せん。吾輩は、侍だ、こんなあからさまな女の武器に屈する吾輩では、」


「ほんとうるせえな。女が堂々と好きだっつってんだから頷け。侍なら――男なら据え膳食えよ。ここで食わずにいつ食うんだよ!!」


 豹変した団子屋の娘はまさに伝家の宝刀を抜いて吾輩に突きつけてきた。

 ……確かに据え膳食わぬは男の恥、だ。

 切腹に等しい罪だった。


 吾輩の意見など、女の伝家の宝刀でぶった斬られてしまったようだ。



「侍は男気があるからねえ、最初からこうすれば良かったじゃん、と思ったの」

「……なにがかね」


「唇を奪ってしまえば、責任を取らざるを得ない、よね?」

「団子屋の次は当たり屋になるつもりか? やめてくれ……もう今は吾輩の嫁なのだから」


 侍の頭脳では、彼女の行動は予測できん。

 敵より厄介な奥様である。


 嫁になって一層、彼女の考えは読めなくなってしまったな。

 しかし――読めないからこそ、刀を抜かずとも刺激的な毎日があるのだ。



 …了

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