この世界は既に救われている:Er

A1L3R0N 118


時刻は夕方。斜陽が空に青と橙を橋渡しを描く頃、僕達は走っていた。


が向こうに逃げたぞ!」


「追うんだ! 決して街から出すな!」


「道路と門を封鎖するんだ!」


入り組んだ道を抜け、逃げ込んだ裏路地にも追手の叫ぶ声が聞こえてくる。


理由は明白。


魔法だった。


それも一回の魔法。


たかが一回魔法を使っただけなのにギルド職員、冒険者総出で僕は追われる身になった。


《まさかこんなことになるとは予想外です。一刻も早く街の外に出る必要がありますね……大丈夫ですか?》


頭に響く女の声は珍しく心配をしてくれているし、現状に驚いているのが声だけでもわかる。というか僕にしか声が聞こえない上顔も見たことないし、本当に女なのかも怪しい……考えるだけ無駄なのだが。


「ぼくは大丈夫だけど……サクは大丈夫?」


長い銀髪を頬に張り付け、赤い眼を持つ彼女に向きなおる。


「ええ……大丈夫。貴方に、ついていく」


「そうかそうか。じゃあ頑張ってついてきて」


「……わかったわ」


《こんな状況で言うのもアレですが、少し不憫すぎる気が……》


息を切らしながらもついてきてくれる彼女、”サク”はこの前買った奴隷の女の子で多分僕と同い年。キズモノが理由でだいぶ、比較的……まぁまぁ安い?奴隷だったけど、素直に言うことを聞くし、身体能力も悪くない。


おまけにファンタジーっぽい銀髪赤眼でスタイルも顔も良い。なにを考えているかわからないから、後ろから刺してくるかもしれないリスクはあるがメリットが勝っている。爪の先ほど。


それに旅の仲間一号でもあるから大事にしていきたい。僕は武器でも相棒でも初期に選べるものを大切にするタイプなのだ。


「潜伏してもいいけど長期は難しいだろうし、とりあえず街を出ないとね。追手は倒せばなんとかなるでしょう。武器もあるし!」


腰に携えた剣に目を向ける。鞘にはほのかに明滅する青い流線のラインがデザインされ、好みにも世界観の雰囲気的にも完璧───鞘から抜刀できないことをのぞけば。


「でも、門も街道も封鎖するって言ってたわ」


《加えて多くの見張りがいるでしょう。容易に抜け出せるとは思いません》


「……なんとかなるでしょ」


《もしかして、なにも考えないで発言しましたね……?》


バレた。


図星の顔を難しい顔して誤魔化していると、何かを決意したようにサクが鞘から抜刀する。


ここで僕を殺すのか……? とちょっと身構えると、サクは優しく微笑みかけてくる。


「わかってる、道はわたしが拓くから。その間にマスターだけでも逃げて」


《彼女の方が強かですね。見習った方が良いのでは?》


この女……さっきから脳内で失礼なことばかり言ってくれるじゃないか。この事態を招いたのは君だろ……とのどまで出かかった言葉を飲みこむ。しかしここで舐められたままだと、沽券にかかわる。ここで一発言ってやる。


ポーズのために、左手で剣を抜き、どうせ上から見てるんだろからそれを天に掲げる。利き手じゃない方で抜いたのは右手捻って痛いから。


「そんなことしない。誰かの轍をなぞることなく、自らの道を自らが切り開き、誰も追いつかせない───それが僕のモットー」


《……そうですか》


「さすがマスター……わたしもそうできるようにがんばる。次からは発言に気をつける」


「え?あぁ、うん。そうしてくれ」


なんでかサクの方に話したみたいになってるんだけど……まぁいっか!


《とにもかくにも移動することをお勧めします。もう、すぐ近くに彼らが───》


「おい、いたぞっ! 捕らえろ!」


彼女の忠告もむなしく途中で中断され、男の怒号が路地に響き渡る。


「こっちか!?……っ」


と、身体を反転させるが反対側にも大勢の人たちが行く先を阻みこちらをとらえていた。


「……どうするマスター」


《カナタ!》


うわっびっくりした。いきなり名前で呼ぶなよ。心臓に悪いわ。


しかし驚いた所で事態は好転しない。突破口を開かなければ……


「しょうがない……ここはドでかいのを一つ、いこうじゃないの」


「マスター……?」


《……わかりました。人の力ではあるはずなのに威張る理由はわかりませんが、仕方ありません》


出し惜しみはしていられない状況。だからこそ彼女には伝わり、見ていないサクは首を傾げる。


「一気に駆け抜けるよ……手握って」


「うん……」


おずおずと差し出されるサクの手を引っ張って握り、剣を突きだすように前に剣先を向けると雑踏がざわめいた。


「……ははっ」


なんで追ってくるかわからないが、今となってはどうでもいい。邪魔をするなら殺すしかない。でも殺すのは楽でいい。自然と思考がクリアになる。笑ってしまうのは悪い癖。


だが、それも刹那。


《合わせてくださいよ……》


彼女が詠唱を始めた次の瞬間には膨大なエネルギーを肌で感じ取り、同時に自分の内にそれらを収束するイメージを描く。


溜めて放つが基本、だから魔力の総量によって魔法の質は決定される。詠唱はトリガー過ぎない。今朝教えられたことを今一度想起する……それにしても魔法というのは体の芯から痛くなるな……あんまり使いたくないや。


「ま、待ってください、カナタソラ様! どうか剣をお納めください!」


《いきます! 中等魔法第26章2条【地雷───え?》


聞き覚えのある声に身体の周りを迸っていた魔力が霧散し、同じ理由だろうか彼女の詠唱も途切れる。


《彼女はたしか……》


「マスター、あの子は……」


「うん」


人ごみを分け入って前に出てきたのは金髪の煽情的服装のお姉さん、ギルドの受付嬢エルミナだった。


「どうか、武器をお納めください。私たちには危害を加える意思はありません!」


「どうする……?」


両手を上げて無抵抗を示すエルミナと警戒は解いていない様子のサク。


顎で先を促すと「ありがとうございます」と腰を曲げるエルミナ。


「私たちはお願い───請願のためにやってきました」


「『お願い』……?」


「はい、どうかカナタ ソラ様。この街を、人々を───世界を救ってください!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る