2. わたしはあなたに死んでほしくはありません
「ん? いまのって……」
完全にナビゲーションの声だったよな。なんか困惑してた? 焦ってたようにも聞こえてたけど……
「気のせいだよな。よし行くか」
まさか、システム音声が驚くはずもないでしょ。今度は足を止めずに森へと向かう。理由はないけどあえて大股で。
《危険この先高難易度のエリアになります。【リアル中都】は反対にあります。引き返してください。危険です》
所々かたい口調ではあるが綺麗な女性の声で引きとめようと親切なアナウンスが流れる。ちょっとしつこいけどいい声だから、まぁいい。それに……その下品なんですがふふっ……ぼ───
《現在の【ステータス】では対処が限られています。まずは【冒険者ギルド】に登録することを推奨します》
冒険者ギルド、そういうのもあるのか! いいじゃないいいじゃない。
そういう楽しみ、僕はキラいじゃあない───まぁ、あとで行こう。
《……聞こえてないのでしょうか。ぁー……んっ、んっ!!》
なんかアナウンスを無視していたら小さい声でぼやき始めた。もう大森林は目の前まで近い。このまま突き進む。
ただ彼女(?)には悪いが、無視してるのってなんだかイケないことしてるみたいで、そのふふっ……ぼ───
《 『この先は危険な地帯だ。直ちに引き返し最寄りのリアル中都に向かうことを───』 》
「ちょっとまってくれ。そのおっさんボイスはやめてほしい。マジで」
《やっぱり聞こえて……!───あっ》
柔らかな女性の声から一転、『一週間ぐらいなら風呂入らなくても大丈夫だろ。それより、今晩のメシは蛇だ!』とか『やはりサバイバルは最高だな!!』など言い出しそうな野臭味溢れる野太いおっさんの声に、それは勘弁してほしいと思わず突っ込んでしまう。
だがやはりこのナビゲーション、諸々の反応を見るに人間みたいに相互に意思疎通ができるらしい。なんだかアシスタントA.Iみたい。
「あーなんというか。白状しちゃうと、さっきから全然声聞こえてたんだよね。無視してたの謝るよ。でも、それはやめてほしいかなほんと」
《…………》
「あれ? おーい。聞こえてるー?」
《…………》
逆にこっちが無視される番らしい。なんとも残念だが、これが報いというのなら仕方ない。森へ進もう。
《…………》
「あっ、あぁぁ!? 入っちゃう、入っちゃうよ!? 踏み入れるよ!? 右も左もわからない迷子が如くこの世界の新参者が”高難易度エリア”に!? あぁっ……あぁぁっ!?」
《……っ!》
そうして傍から見たら独り言を叫ぶヤバい奴が森へ足を踏み入れる。
寸前───
《……わかりました》
大きなため息と、続いて苦々しい声が響く。
「おっ、やっと喋ってくれた。きみのことは───」
《わたしはあなたに死んでほしくはありません》
「ぉ……うん」
人の言葉を遮ってお気持ちを表明してくれる彼女……彼女でいいのか?
《少々逸脱した対応にはなりますが、仕方ありません。あまり好ましい状況とは言えないですし》
「うん」
《それに忠告を素直に聞かない人には手厚い支援が必要でしょう。あなたのような愚鈍には特に》
「うん……うん?」
《ですから、私があなたをサポートします》
「ぁ、そうなんだ……?」
渋々といった様子だろう、本当にひねり出すような調子で語り掛けてくる。先ほどまでのかたい口調と優しい声音がおぼろに溶けて消えたようだった。かなしい。
《いいですか。いま、あなたに必要なのは”知識”と”情報”です。そのためにも『リアル中都』に向かってください。遠くに見える城砦がありますよね?そこです》
「『そこです』って……」
《とりあえず道なりに進んでください。そうすれば着きます》
なんか雑だなーとは思いつつも踵を返し、城砦につながる大きな街道へ向かう。
「とりあえずは従うけど、君ってなんなの? こういうのって普通、ただ通知してくれるだけの存在じゃない? 道案内までしてくれるなんてゲームでも中々ないよ」
《私はあなたのような人を正しく導くための存在です》
「『正しく導く』……」
なんだかカーナビみたい───喉元まで上がってきた言葉を飲みこむ。
「じゃあここからだと何分ぐらいで着きそう?」
《『じゃあ』の意味は分かりませんが、そうですね……約10分程度でしょうか》
「ふふっ……カーナビみたいだ」
《はい?》
「なんでもない! しばらくは話ができるな、って……ところで君はいつまでサポートしてくれるわけ?」
《……どうでしょうか。私にも分かりませんが、少なくとも今日明日の関係で終わるわけではないでしょう》
「もしかしたら一生とか?
《それは無い……とも言い切れません》
「ふーん。じゃあ名前とか───」
《あなたは》
遮るような強い語気に一息止まる。
《あなたは随分と、おしゃべりなのですね。少し黙っていただけると助かります》
怒られてしまった。確かに変なテンションだったかもしれない。
《それに街も近い。私と会話していたら、傍から見たらうわ言を喋る不審な人物です。ですから、ここからは一人で頑張ってください》
「え。サポートはここまで、ってこと?」
《そうなります、ご武運を》
「ちょ……あ」
10分近く経っていたのか、気づけば城砦が目の前に立っていた。
「あのー門番みたいなのいるんですけど、どうすればいいんでしょう?」
反応なし。
「なんか門番にすごい見られてる、んだけど……ぁのー」
音沙汰なし。
とりあえずは哀れむようにこちらを見る彼らに対し友好的に接触する。
「どうも、えへ……えへへっ」
敵意がないことを示す笑顔に、謙譲を意味する揉み手。腰に太い刀を携えているが、まぁ大丈夫だろう。多分。
「大丈夫か?」
「大丈夫だろ、多分」
「でもキモイぞ?」
「確かにキモいが……弱そうだし」
彼ら二人は何かを話している。きっと街に入れるか悩んでいるんだろう。それもそうだ、街に不逞な者を入れないのが彼らの仕事。勤勉なのだ。
だから悪口じゃない。きっとそうにちがいない。
「おいあんた、こっちに来い」
手招きされて、言われた通りに目の前に立つ。
「この街に、リアル中都に入りたいのか?」
軽装ながらも武装した男一人に尋ねられる。
「うん、入りたい」
「じゃあ身分証はあるか?」
ポケットの中をまさぐる。
何も出てこなかった。
「ない」
「じゃあ無理だ」
「えっ」
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