第28話 第一章 第十節:大正の迷宮

 大正時代――西洋文化が花開き、科学と技術が日常を変えつつある時代。都市化が進み、かつて妖怪や怪異が跋扈していた山間や田舎は次第に姿を変え、電気とコンクリートの街並みに包まれていった。妖怪たちはこうした変化に適応できず、人々の目からますます遠ざかる存在となっていった。


だが、彼らの完全な消滅を意味するわけではなかった。むしろ、人々が見落とす影の中で静かに力を蓄え、異常気象や未解決事件、都市伝説という形で再びその存在を示し始めていた。


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この時代、冥府機関もまた変化を余儀なくされていた。かつてのような刀や呪符だけではなく、最新の技術や科学を取り入れ、妖怪に対抗する方法を模索していた。例えば、蒸気機関の動力を用いた封印装置や、妖気を感知するための特殊な測定機器などが新たに開発され、活動の幅を広げていた。


「時代が変わっても、妖怪は消えない。むしろ、進化している」

リーダーである「風間頼道(かざま よりみち)」は、そう語りつつ、メンバーたちを新たな訓練へと導いていた。彼の冷静で理知的な指揮の下、冥府機関はさらに高度な組織へと成長していった。


奇怪な事件:浅草の赤い迷宮


そんな中、浅草で奇妙な事件が発生した。近代的な建物が立ち並ぶ繁華街で、夜になると突然、赤い霧が発生し、行方不明者が続出していた。霧に包まれた区域では、道が入り組み、出口を見失った人々が消えてしまうという。


「これはただの霧ではない。妖怪の仕業だ」

頼道はすぐに調査班を編成した。選ばれたのは、以下のメンバーだった。


剣士・神崎大樹(かんざき だいき): 強靭な体力と剣術の腕前を持つ。どこか粗野だが頼れる存在。

霊術師・南條梢(なんじょう こずえ): 妖気探知のエキスパート。封印術にも長けている。

技術者・高村修(たかむら おさむ): 冥府機関が開発した最新装置の運用を担当する若き技術者。


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夜、浅草の現場に到着した三人は、すぐに赤い霧に包まれた区域へと足を踏み入れた。霧は視界を遮るだけでなく、体温を奪うような冷たさを持ち、周囲の音を不自然に歪めていた。


「これはただの霧じゃない……生きているかのような動きだわ」

梢が霧を感じ取りながら呟く。修は測定装置を取り出し、霧の成分を分析した。

「この霧には妖気が混ざっている。しかも、かなり強力だ」


その時、霧の奥から人影が現れた。それは、赤い目を持つ異様な姿の妖怪だった。「赤迷(せきまよい)」と呼ばれる古い妖怪で、迷い込んだ者を幻覚で惑わせ、命を吸い取る能力を持っていた。


「これが噂の正体か!」

大樹が剣を構え、妖怪に向かって斬り込む。しかし、剣が捉えたのは幻影であり、本体は霧の中を移動していた。


「霧そのものが妖怪の体なのかもしれないわね……!」

梢が呪符を掲げ、霧を払おうとするが、その範囲はあまりにも広かった。


「このままでは全滅する……霧の中心を探せ!」

修が装置を使い、霧の最も濃い部分を特定する。三人は霧の奥深くへと進み、ついに中心部に到達した。


そこには、赤い光を放つ不気味な石が浮かんでいた。それは「赤迷石(せきまよいせき)」と呼ばれる妖怪の核であり、この霧の発生源だった。


「これが……核か!」

大樹が剣を振り上げて赤迷石を叩き割ろうとしたが、その瞬間、霧が彼を包み込み、体が硬直してしまう。


「大樹!」

梢が駆け寄るが、霧の力で彼もろとも吸い込まれそうになる。その時、修が手にした装置を操作し、蒸気を利用した封印術を発動させた。


「これで時間を稼ぐ!梢、封印の準備を!」

修の装置が霧を押し戻し、梢が呪文を唱える。その隙に大樹が赤迷石へ最後の一撃を加え、石を完全に破壊した。


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赤迷石の破壊により、霧は一瞬で消え去り、浅草の街に静寂が戻った。無事に生還した三人は、事件を報告するため冥府機関の本部へと戻った。


「文明が進んでも、妖怪は形を変え、現れる。その本質は変わらない」

頼道は三人の報告を受けながら、そう語った。


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大正時代を通じて、冥府機関は科学技術を取り入れながらも、伝統的な霊術や剣術とのバランスを模索し続けた。都市化が進む中、妖怪の脅威は人々の記憶から薄れていったが、冥府機関のメンバーたちは、その背後で戦いを続けた。


「妖怪も、我々も、時代に適応しなければならない。しかし、私たちの使命は変わらない」

頼道の言葉は、次代のメンバーたちに受け継がれ、冥府機関はその歴史を紡ぎ続けていくのだった。


こうして、冥府機関は大正時代の困難を乗り越えたが、黒羽根の女の影は再び動き始めていた。彼女の真の目的が少しずつ明らかになり、次の時代――昭和への移り変わりの中で、冥府機関は最大の試練に直面することとなる。

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