第21話 第一章 第三節:影喰いへの道

  「影喰い……その刀にどれほどの力があるのか分からないが、これが私たちの使命を果たす鍵になるなら、進むしかない」

葉月は静かに呟いた。彼女の横で、大輔は斧をしっかりと握りしめたまま、険しい表情を浮かべている。


「それにしても、あの老人……本当に信用できるのか?」

俊介が疑念を口にしたが、大輔が低い声で遮った。

「信用するしかねぇだろう。俺たちはこれ以外の道を知らないんだからな」


霧の中を抜け、荒涼とした大地に足を踏み入れた。空は暗く、月も星も見えない。ここは、どんな生き物も寄り付かない「死者の原」と呼ばれる地帯だった。大地にはひび割れが走り、空気は乾燥しきっている。それなのに、どこか湿っぽい不快感が漂っていた。


「……何かが近づいている」

葉月が立ち止まり、周囲を見回す。空気が歪むような感覚が広がり、まるで周囲そのものが生きているかのようだった。


突然、地面から黒い霧が湧き上がり、若者たちを取り囲んだ。その霧はただの霧ではなく、薄っすらと人型の影を浮かび上がらせていた。影は低い囁き声を立てながら彼らの周りを歩き回る。


「なんだこれ……!」

大輔が斧を振り回すが、霧影はすり抜けるようにして形を変える。俊介が素早く短剣を構えて間合いを詰めようとするも、霧影は幻のように消えては現れる。


「葉月!お前の術で何とかならないのか?」

俊介が叫ぶ。葉月は数珠を握りしめ、震える手で祈りの言葉を紡ぎ始めた。


「……この地の霊よ、どうか力を貸してください!」


彼女の声と共に数珠が光り始め、霧影の動きが一瞬だけ鈍る。しかし、霧影は再び蠢き出し、今度は明確に形を取り始めた。それは彼ら自身の影――自分そっくりの姿だった。


「俺たちの影が……なんで動いてるんだ!」

大輔が焦燥感を滲ませる。影たちはそれぞれの本体に向かってゆっくりと歩み寄り始めた。


影は本体の一歩先を読み取るような動きを見せ、攻撃を封じ込める。俊介が短剣を振るうも、影は同じ動きでそれを防ぎ、大輔の斧も同様に受け流された。


「このままじゃやられる!」

俊介が叫びながら後退する。だが、葉月はその動きに一つの違和感を覚えた。


「待って……この影、私たちの動きだけじゃない。私たちの心を読んでいる……」


「心を……?」

大輔が一瞬、斧を構え直す手を止めた。


葉月は静かに目を閉じ、自分の影を見つめた。

「恐れるほど、この影は強くなる。これが試練なら……私たちがそれを受け入れるしかない」


彼女の言葉に、大輔と俊介は戸惑いながらも影を見つめ返した。大輔は息を整え、斧を地面に置いた。


「受け入れるって……どうすりゃいいんだよ」


「影は私たちそのものよ。きっと、自分を否定する限り、この戦いは終わらないわ」


葉月が静かに近づき、自分の影に手を差し伸べた。その瞬間、影が揺らぎ、形を崩して霧のように消え去った。彼女は目を開け、仲間たちに頷く。


「自分を認めるのよ。それが、この試練の鍵」


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霧影が完全に消えた後、彼らの前には一筋の光が差し込む道が現れた。それは、荒野の先にある洞窟へと続いていた。洞窟の入口は、まるで巨大な獣の口のように開かれ、内部からは冷たい風が吹き出していた。


「ここが影喰いの眠る場所なのか……」

俊介が洞窟を見上げ、息を飲む。葉月は静かに洞窟へと一歩を踏み出した。


洞窟の内部は、光の届かない完全な暗闇だった。しかし、その中心には微かに光る祭壇があり、その上に一本の刀が横たわっていた。その刀は、鞘に収められたままでありながら、どこか禍々しい妖気を漂わせている。


「これが……影喰い」

葉月は震える手で刀を掴もうとしたが、触れた瞬間、刀から強烈な冷気が彼女の手を弾いた。


「なんだ、これ……!」

葉月が怯むと、洞窟内に低い声が響き渡った。


「この刀を手にする覚悟があるか……お前たちは何を捨てる?」


その声はどこからともなく響き、洞窟全体を震わせた。影喰いに触れるには、大きな代償を払う必要がある。それは、この刀に宿る妖怪の力を支配し、自分の存在をも飲み込む覚悟だった。


葉月、大輔、俊介――それぞれが自分の役割と覚悟を見つめ直し、影喰いに手を伸ばす準備をする。


「私たちには迷っている時間なんてない。この刀を手にして、闇に立ち向かうしか……」


葉月が再び手を伸ばした瞬間、影喰いが淡く光を放ち、三人を包み込む。刀に込められた力が彼らを試す最後の試練として立ち塞がる。


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刀に込められた闇を受け入れた瞬間、洞窟が静寂に包まれた。葉月は震える手で刀を持ち上げ、鞘から引き抜く。その刃は漆黒に染まり、まるで光を吸い込むような不気味な輝きを放っていた。


「これが……影喰い」


葉月が呟く。彼らはこの刀を手に、闇との戦いを始める運命を背負ったのだ。洞窟を出た瞬間、空に浮かぶ黒い羽根がゆっくりと舞い降りてきた。それはまるで、彼らを見守るかのようだった。

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