第2話 「特務機関の異能」
新たな事件が舞い込んだのは数日後だった。浅草での連続失踪事件の余韻がまだ残る中、特務機関には、今度は上野の不忍池周辺で「異常現象が発生している」との報告が入った。
その内容は、深夜になると池の水面に不気味な人影が浮かび、夜釣りをしていた人間が次々に正気を失っているというものだった。警察も異常を察知していたが、近寄ることすら叶わず、対策は進んでいないという。
「また厄介な事件ね」と、葵が眉をひそめながら資料を読み上げた。「池に浮かぶ人影って、どう考えてもただ事じゃないわ。もしかして、怨霊かも」
凛は黙ってその話に耳を傾けていたが、やがて顔を上げると静かに言った。
「場所は不忍池か。水辺に怨霊が現れるケースは稀だが、特務機関に任された以上、放置はできない。今回は、全員で向かう」
現場の特異性に鑑みて、特務機関の精鋭エージェントが集結することになった。全員での出動は、機関においても珍しい決断であり、それだけ今回の事件が異常であることを物語っていた。
不忍池のほとりに最初に現れたのは、体格の良い大男、結城隼人だった。彼は重い戦斧を片手に持ち、周囲を警戒する鋭い目を光らせている。その戦斧は彼の巨大な体格に見合った特別製で、妖気を込めることで周囲の空間をも切り裂く威力を持つ。
「夜釣りをしていただけで正気を失うなんて、どう考えても普通じゃねぇよな」
隼人が戦斧を肩に担ぎながら、周囲を見渡す。その目には、不気味な霧が漂う水面が映っていた。何かがいる。そう直感しながらも、彼は冷静さを失わず、戦斧に妖気を注ぎ込んでいた。
次に現れたのは、冷静な面持ちの女性、深見夏菜だった。彼女は両手に持った短剣を軽く構え、周囲に目を配っている。その短剣には麻痺の効果を持つ毒が込められており、彼女の俊敏な動きと相まって、瞬時に敵の動きを封じることができるのが強みだ。
「怨霊の類だとしたら、油断できないわね。この霧……何かの残留思念かもしれない」
夏菜は池のほとりに近づき、霧の匂いを嗅ぐように少し顔をしかめた。彼女の経験から察するに、この場には通常の怨霊よりも強力な妖気が渦巻いているようだった。
三人目は、遠距離からの援護を担当する斎藤義明。義明は大型のライフルを肩にかけ、射撃準備をしながら仲間たちに目を向けた。彼のライフルは、妖気を込めることで妖怪すらも撃ち抜く威力を持ち、仲間たちを支える重要な役割を果たしている。
「この池の異様な感じ、相当な力を持つ魑魅魍魎が潜んでいるようだな。前衛の準備が整えば、いつでも撃てるぞ」
斎藤が構えを整えながら、夏菜に視線を送った。夏菜は軽く頷き、斎藤の位置を確認する。
四人目は、防御結界を張る役割を担う椎名真琴だ。彼は手に護符を持ち、結界を展開するための呪文を静かに唱え始めている。彼の術は仲間の前線を支える防御の要となるため、仲間たちも彼に信頼を寄せている。
「今から結界を展開する。これで多少の攻撃は防げるはずだ」
真琴の護符が淡く光り、周囲に妖気を弾く結界が広がる。池のほとりに結界が張られたことで、霧が少し薄くなり、視界が広がった。
五人目は、風を操る能力を持つ風間亮。彼は軽く指輪を触り、風を吹かせて霧を払うように池に向かって歩みを進めた。風間は仲間たちが見やすくなるように霧を散らしつつ、周囲の状況を確認する役目も担っていた。
「池の中が見えやすくなっただろう。これで怨霊の動きも捉えやすくなる」
風間が微笑を浮かべ、軽やかに動き回る。その動きはしなやかで、まるで風そのもののように自由だった。
六人目に到着したのは、回復役を務める本庄麗奈。彼女は数珠を手に持ち、仲間たちの傷を癒す力を持っている。温厚で静かな彼女は戦場においても落ち着きを保ち、仲間たちを陰で支える存在だ。
「皆さん、何かあればすぐに声をかけてください。ここでできる限りの支援をしますから」
麗奈が優しい表情で仲間たちに語りかけ、その声だけでも少し安心感が広がる。
七人目は、いつも冗談を交えながらも的確に状況を把握する相馬葵そうま あおい。彼女は妖気探知と分析の担当で、手に持つタブレット型の装置を使って周囲の妖気を探知していた。
「池の中央あたりに妖気の反応が集中してるわね。ここに何かが隠れてるかも」
葵は軽口を叩きつつも、的確な情報を仲間に伝える役割を果たしている。彼女がいることで、場の空気が少し軽くなるのがわかる。
そして最後に、全員の前に立ったのが灰島凛だった。彼は日本刀「影喰い」を静かに構え、仲間たちに指示を出す。冷静な判断力で、仲間たちを率いるリーダー的存在でもある。
「全員、位置を確認。相手は怨霊の類で、通常の武器が通じない可能性がある。各自、妖気の準備を怠るな」
凛の言葉に全員が緊張感を引き締め、それぞれの武器に妖気を込めた。
池の中で水面が揺れ始めた。突然、ぼんやりとした人影が浮かび上がり、その姿が徐々に不気味なものへと変貌していく。池の水面に現れたのは、白髪を乱した骸骨のような怨霊。虚ろな瞳で凛たちを睨みつけ、その口が裂けるように広がって、低く唸り声を上げた。
「来たか……!全員、構えろ!」
凛の声に全員が身構える。隼人が戦斧を握り、真琴の結界がその場を包み込み、霧がさらに押し戻されていく。霧が晴れると、怨霊の姿がはっきりと現れた。
「このまま突っ込むぞ!」
隼人が戦斧を振りかざし、怨霊に向かって突進する。彼の斧が怨霊の体を一閃し、怨霊は一瞬揺らめくが、再び形を取り戻す。そのたびに怨霊はさらに冷たい霊気を放ち、周囲を包み込もうとする。
風間が手をかざし、風の刃を怨霊に向かって送り出す。その攻撃で怨霊が一瞬よろめき、その隙に夏菜が素早く背後に回り込み、毒の短剣を突き刺した。怨霊の動きが鈍くなり、その場で崩れかける。
「この機を逃すな!」
凛が影喰いに妖気を注ぎ、一気に怨霊に向かって斬り込む。影喰いの一撃が怨霊の首元に食い込み、怨霊はその場で揺らめき、やがて霧のように消滅していった。
全員が肩で息をしながら周囲を確認した。だが、怨霊が消えたはずの池には、再び奇妙な影が映り込んでいる。
「何かがおかしい……黒羽根の女が関与しているかもしれない」
不忍池の水面が不気味に揺らぎ、先ほど倒したはずの怨霊が再び姿を現した。それだけではなく、池の中央から無数の手が伸び、あちこちで形の異なる異形が浮かび上がり始めた。骸骨のような者もいれば、人間の顔を持ちながら獣のような体をしたものまで、不気味な姿をした存在が次々と彼らの前に現れる。
「くそ……まるで増殖してるみたいだな」隼人が戦斧を構え直し、息を荒らげながら呟く。
「みんな、油断しないで!この池に集まっている妖気の量、普通じゃないわ!」葵が緊張した声で周囲を警戒するように言った。
「全員、位置を変えろ。囲まれると危険だ。真琴、結界を張り直して、敵の動きを制限できるか?」
「やってみます」
椎名真琴が護符を掲げ、再び結界を強化し始めた。彼の結界は池の周囲を囲むように広がり、怨霊たちの動きに僅かながら制約を与える。結界の内部で異形たちがうごめく中、凛は冷静な目で状況を見極め、次の指示を出した。
「風間、霧を散らしつつ敵の動きを封じてくれ。葵、全体の妖気の動きから敵の本体を探し出すんだ」
「了解!」風間亮が指輪に妖気を注ぎ込み、周囲に突風を巻き起こす。風の刃が周囲の霧を払い、視界を広げると同時に、異形の手足を斬り飛ばしていく。異形の一部は風に切り裂かれて形を崩すが、しばらくするとまた再生するように形を取り戻した。
「こいつら、タフすぎるぞ……!」隼人が戦斧を振り下ろし、次々と迫ってくる異形を叩き潰していくが、そのたびに新たな姿を形成して現れる異形に苦戦を強いられていた。
「隼人、そっちに援護射撃をする!」斎藤義明がライフルを構え、狙いを定めた。彼が妖気弾を撃つと、弾丸は隼人の周囲を取り囲む異形たちに命中し、連鎖的に数体の異形が霧と化して消えた。
「助かったぜ、斎藤!」
隼人が笑い声を上げる間もなく、新たな怨霊たちが周囲を取り囲むように現れる。気づけば、異形たちが連携するかのように、複数の個体が集まり、一体の巨大な異形の姿を形成しようとしていた。
「凛、これはやばい。奴ら、何かに呼ばれているかのように集まってるわ。しかも、黒羽根の女の気配が近づいてる……」
葵が不安げな表情で呟いたその瞬間、池の中央から黒い羽根が舞い上がり、空中に渦を巻き始めた。黒羽根の女がその場に姿を現したわけではないが、彼女が操る妖気が影響を与えているのは明らかだった。
「影喰いで直接仕留めるしかなさそうだな」凛が刀を構え直し、冷静に言葉を発した。
「いいえ、私たちも一緒に行くわよ」夏菜が短剣を構え、凛の隣に立った。「一人じゃ無理でも、全員でやれば倒せるかもしれない」
凛は短く頷き、全員が戦闘態勢を整える。再び姿を現した巨大な異形が、凛たちに向かって不気味な唸り声を上げ、次の瞬間、その長い腕を大きく振り下ろしてきた。
「椎名、全員を守れ!」
凛の指示を受けた椎名が護符を掲げ、結界をさらに強化する。異形の攻撃が結界にぶつかり、音を立てて砕け散るが、結界が耐えられるのもそう長くはない。
「結界が持たない……」
「今がチャンスだ、攻め込め!」
凛が結界の一部をすり抜け、影喰いを振りかざして異形の体に一閃を放った。妖気が込められた刀が異形の体を貫き、黒い霧が溢れ出す。それと同時に、夏菜が背後から素早く短剣を突き刺し、異形の動きを一瞬止めた。
「義明、狙え!」
凛が合図を送ると、斎藤がライフルを構え、妖気弾を正確に異形の頭部へと撃ち込む。頭部を撃たれた異形は大きく揺らぎ、形を崩して倒れかけた。
「ここでとどめを!」
隼人が戦斧に全力の妖気を込め、再び突進する。彼の一撃が異形の体を完全に破壊し、異形は四散して霧のように消えていった。
再び静寂が戻り、周囲には異形の残骸が漂っていた。凛たちは肩で息をしながら、視線を合わせる。
「終わったか……」
葵が周囲を確認するように言葉を発したその時、遠くから不気味な笑い声が聞こえた。
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