東京幻怪録
@mekurino
一章
第1話 「怪異の発端」
東京の夜は眠らない――そのはずの街に、奇妙な静寂が忍び寄っていた。
ここ数週間、浅草周辺で夜な夜な行方不明になる人々が増えている。既に10名以上が失踪しており、警察も捜査に乗り出したが、手がかりは掴めていない。街では、誰かが噂している。「この街に何かが棲みついている」と。
だが、対妖特務機関『冥都機関』に所属する者たちは、単なる都市伝説とは思っていなかった。彼らは「魑魅魍魎」と呼ばれる存在――妖怪や怨霊、呪い、さらには宇宙からの侵略者まで、ありとあらゆる超自然的な脅威に日々対峙しているのだ。今回の事件も、その類だと彼らは察知していた。
灰島凛は、特務機関の事務所の窓から東京の夜景を眺めながら、思索にふけっていた。彼は20代後半の青年で、クールで沈着な性格を持つエージェントだ。無駄な感情を挟まず、淡々と任務をこなすことで知られるが、この連続失踪事件に関しては、いつも以上に神経を尖らせていた。
ふと、背後で軽快な足音が響き、凛の思考を遮った。
「また新しい事件が来たよ、灰島さん」
相馬葵が、手にタブレットを持ち、にこやかに彼に微笑みかけていた。彼女は快活で気さくな性格をしているが、その瞳の奥にはどこか冷徹さが垣間見える。葵は情報分析のエキスパートで、何気ない会話や調査の合間にも、すでに様々な手がかりを掴んでいるのがわかる。
「新しい情報が入った。行方不明になった人たちは、夜中に繁華街の路地裏に入った後、姿が消えているわ。まるで空気に溶け込むように」
「監視カメラには何も映っていないのか?」
凛が尋ねると、葵はタブレットを操作し、映像を見せた。画面には浅草の商店街を歩く若い女性の姿が映っている。時刻は深夜2時、彼女がふと立ち止まると、次の瞬間、画面が激しいノイズで覆われ、女性の姿は消えてしまった。
「これが、今回の失踪事件の最後の目撃情報」
「カメラの異常……とは思えんな」
凛が低くつぶやくと、葵は軽く首を振った。
「ええ。実は、彼女が消える直前に発生しているノイズ、特定の周波数帯に属しているの。普通の異常じゃないね」
「つまり……妖気の影響か」
凛はその場で愛用の日本刀「影喰い」に手を添えた。特務機関のエージェントは、各自が特別な武器を持ち、妖気と呼ばれる力で身体能力を高める。彼の刀は異能の力を宿しており、闇を斬り裂くような独特の力を発揮する。
「現場に行くぞ、葵」
「はいはい、分かってるよ。私の分析通りなら、また何か出てくるかもね」
彼女の軽口に、凛は黙って頷き、二人は浅草の現場へと向かった。
深夜の浅草は、昼間とはまるで別の顔を見せていた。人気の観光地も、人の気配が消え、暗闇と静寂に包まれている。二人が路地裏に足を踏み入れると、異様な気配が彼らを包み込んだ。まるで、見えない何かが二人を監視しているかのような、嫌な感じだった。
「灰島さん、この場所……ただの妖気じゃないね」
葵はタブレットを操作し、周囲のエネルギーの流れを解析していた。彼女の妖気サーチ能力は、目に見えないエネルギーを感じ取ることができる。すぐに顔を上げ、周囲を見回した。
「ここ、妖気が濃すぎる。何か、すごく強い存在がいるかもしれない」
凛はその言葉に同意し、影喰いを抜き放った。闇の中で刀が鈍い光を放ち、瞬間、足元の影がゆらりと動いた。
「灰島さん、下!」
葵が叫ぶのと同時に、凛は咄嗟に刀を振り下ろし、何かを斬った。しかし、刀が捉えたのは人ではなかった。灰色の肌を持つ異形の存在が、無機質な瞳で二人を見つめている。異様な雰囲気に息を飲む葵に対し、凛は冷静にその存在を睨みつけた。
「魑魅魍魎か……」
凛が低くつぶやくと、異形は答えるかのように口を開き、不気味な音を漏らした。そして、次の瞬間、闇に溶け込むように消えたかと思うと、凛の背後に回り込んでいた。
「速い!」葵が驚きの声を上げる。
凛は即座に振り向き、影喰いを一閃。刃が異形の腕に食い込み、黒い霧が立ち上る。だが、それはただの肉体ではなかった。切り裂かれた部分から黒い霧が放たれ、形を変えて凛に迫ってくる。
「灰島さん、あれは実体じゃないわ!」
「分かっている」
凛は冷静に跳び退り、刀に妖気をさらに込めた。影喰いの刃がさらに鈍く光を増し、異形の存在がわずかにたじろぐ。その隙を見て、葵がタブレットで特殊なプログラムを起動し、振動するタブレットの画面に手を滑らせた。
「灰島さん、あの霧を抑えられるかも。あなたの妖気を合わせれば効果があるはず!」
彼女の指示に従い、凛は影喰いに妖気を集め、刃先から暗闇を吸い取るかのような黒い渦を放った。それが霧に巻き付き、ついには異形の姿が霧と共に消え去った。
周囲に静寂が戻り、二人は肩で息をつきながら、互いに目を合わせた。
「この感じ、どうやら黒羽根の女が一枚噛んでるかもね」
葵の言葉に、凛は小さく頷いた。この程度で終わるはずがないという確信が、彼の胸に渦巻いていた。
「葵、次の手がかりを探るぞ。黒羽根の女の影が見え隠れしている」
「了解。頼りにしてるわよ、灰島さん」
軽口を叩く葵の顔には、だが真剣な表情が宿っていた。
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