第13話 逃れられない

 Assort基地ベースの、宛てがわれた部屋のベッドでぼんやりと琉海るかは天井を見つめていた。


 あの後、村全体を調べたが生存者は無し。

 琉海の服を改造した少女、來夢らむも焼死体として発見された。

 

 唯一生き残った男性を保護するため、Assort基地へ帰ったまま、琉海は動き出せないままで居る。

 

「ここはゲームの中だから、死んだのはただのキャラクター……」

 

 声に出してみるが、キャラクターだから死んでも悲しくないね〜、とはなれなかった。

 

 目を閉じると思い出す。

 燃え盛る村と、数々の焼死体。

 

 そして――

 

『アンタらのせいだ! アンタらのせいでこの村はっ』

 

 生き残った男の罵る声。

 

 唾を飛ばして怒鳴り散らすその顔。

 

 琉海はただ花威の後ろに隠れていた。

 希洋も、いつもの笑顔はどこへやら。

 ずっと神妙な顔をして頭を下げていた。

 

『アンタらがもっと早くに戻ってきたら!』

 

 琉海るかの足がもっと速かったら?

 体力が有ったら?

 

 あるいは、もっと希洋きひろたちから逃げ回って出発をうんと送らせていたら?

 

 考えてしまう。

 嫌でも、ずっと。

 

 故に琉海は立ち上がる事ができない。

 

 また今日も、無意味に一日が過ぎていく。

 

 ――コンコン。

 

 扉の叩かれる音。

 

 返事をする間も無く、扉はゆっくりと開かれる。

 遠慮がちに、様子を伺うように。

 

「……誰」

 

 辛うじて体を起こす。

 瞬きをすると、乾燥した目を潤すように涙が流れた。

 

「私だ。優瓜ゆうりだ」

 

 琉海の声に反応し、ぐっと扉が開かれる。

 薄緑の髪を右側だけ編み込みにしたハーフアップ。

 右目は黄色、左目は緑色のオッドアイ。

 

 高身長の、細くて筋肉質な白衣の男。

 

 琉海るかを質問攻めにする研究者の彼が、部屋の中へ入って来た。

 

「何しに来たの」

 

 今彼の質問攻めに答えられる気力は無い。

 追い返そうと、冷たく問いかける。

 

「帰る方法を見つけたぞ」

「えっ」

「話を聞いてくれ。それに、悩んでいるのだろう? 話を聞こうじゃないか。話せば軽くなる物も有る」


 優瓜ゆうりは無遠慮にソファへ腰掛ける。

 

「隣においで」

 

 驚きつつ、帰る方法が有ると言われれば聞かざるを得ない。言われた通り隣に座った。

 

「数年前に魚神の群れが棲みついてしまった建物が有るのだが、どうにもその建物の中に帰還用の装置が設置されているようなんだ」


「なんでそんな物が?」


「極々稀にだが、君のように突然別の場所から現れる存在は居るからね。ここ数十年現れなかったから、すっかり存在を知る人も居なくなっていたようだが」

 

「それで?」

 

「長い旅をする事となる。装置を動かす為の素材が足りていないからね。旅の途中で世界を救う可能性すら有るような長い旅だ」

 

 途方も無い旅になるのだと、容易に想像がついてしまう。

 

「素材やら何ならを判別するにはプロの目が必要だろう? 私もその旅には同行させてもらう。

 希洋きひろ君の討伐目標である二等魚神も旅の途中で見つけられるだろうと言ったら希洋きひろ君と花威かい君の同行も認めてもらえたよ。


 まぁ、紫縞むらしまさんからドッサリと雑用を押し付けられたがね」

 

 用意周到とは正にこの事。

 琉海に報告するよりも先に許可をとってくるとは。

 

「……だがまぁ、旅の途中で今回のように、たくさんのを目撃する事になるとは思う」

 

「……」

 

 希望を持った琉海の心に、暗い影が落ちる。

 

「魚神が現れてからというもの、人類は衰退の一途を辿っているからね。旅をすればそれだけ人と触れ合う。

 昨日仲良くなった人が死ぬなんて事も有るだろう。


 それでも受け入れる覚悟があるのなら、旅に出ようじゃないか」

 

 明るく告げる優瓜だが、琉海は目を伏せてしまう。

 

 覚悟なんて、できるわけが無い。

 

 制服は全てクローゼットの奥にしまっている。

 來夢らむを思い出すからだ。

 

「俺……人が死ぬのなんて、見たくない」

 

 絞り出した声は今にも泣きそうで、あまりにも情けない。

 

「……私も見たくはないよ。希洋きひろ君も花威かい君もそう思っている。きっとね」

「じゃあなんで――」

 

 そんなに平気そうなんだと、聞きたかった。

 

 しかし言葉は続かない。

 優瓜ゆうりがあまりにも悲しそうな顔をしていたからだ。

 

「何をしてもしなくても、人は死ぬのだよ。魚神が居る限り、ある日突然理不尽に」

「……」

 

 静かな声だった。

 周囲の音すら吸い取ってしまうのではないかと思うほど、静寂・・な声だった。

 

「平気なのではない。決して、慣れることは無い。だが、人が死んだ次の日でも救世主を続けるだけの覚悟を持たなければならない。


 指揮官も、研究者も同じくね。


 琉海るか君。今はどれだけ立ち止まっても良い。

 だが、忘れるな。


 目的を持ち続ける限り、我々は死から逃れる事はできないのだ」

 

 優瓜のオッドアイが射抜くように琉海を見ている。

 

「優瓜は……経験、した事あるの? 人が死ぬのを」

 

 無いとは言わないと確信が有った。

 それでも、聞かずには居られなかった。

 

 優瓜はただ、悲しそうに、しかし優しい目で微笑んで、頷いた。

 

「……私も、希洋君も、花威君も、みんな失ったことが有るよ。大切な人も、場所もね」

「そっか……」

「だから、君には帰ってほしいと思っている。大切な人の、いる場所へ」

 

 逃れられない。

 

 人の死からは。

 

 覚悟なんて決まらない。慣れる気もしないし、慣れたいとも思えない。

 

 しかし帰還を願う琉海に、立ち上がる以外選択肢は無かった。

 

 

 

 

 

 ――――check point――――――


 救世主きゅうせいしゅ


 救世主に選ばれる条件はたった一つ。

 魚神病への免疫がある事、それだけだ。

 故に、救世主が魚神病に感染することは無い。


 救世主は魚神の体液から生成される特殊な結晶を媒介に、魚神を倒す事ができる。


仕組みは判明しておらず、研究が進められている。


 ――――――――――――NEXT――

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