第11話 炎の中に

 村を出発した琉海るか達は、4.5時間ほど歩いた後、適当な場所にテントを建てて野営の準備をしていた。

 

「あと二時間早く出てたら次の村まで行けたけど……」

 

 希洋きひろは言うが、悪いのは服であって琉海ではないと言い張りたい。

 

「焚き火とか、テントで寝るのとか、初めてだな」

 

 花威かいと共に枝を拾いながら呟く。

 長さは後で揃えれば良いから、と長さや太さはあまり気にせず拾っていた。

 

「そうなんだ。琉海るかちゃんって元々どんな所に居たの?」

「んー……なんか、家と学校と駅以外何も無いとこ? 店とかは電車乗らないと無いし、自然も電車乗らないと無い感じの」

「ふぅん。電車かぁ……僕は見た事ないんだよね。希洋きひろくんは見た事有るらしいけど」

「えっ、この世界電車有んの?」

 

 何気なく言ったのだろうが、琉海はかなり驚いた。

 村があったり、馬が居たり、今まで徒歩で移動したりと、とても電車のある世界観だとは思えなかったからだ。

 

「有るよ。都会の方にしか無いし、基本的にはお金持ちしか乗れないけどね」

「へえぇ……なんか、花威の事勝手に金持ちだと思ってた」

「はははっ、お金あったらこんな事救世主なんてしないよ」

「そんなもんなの?」

「うん。だって嫌でしょ? 命懸けで怪物と戦うなんてさ」

「……それもそうか」

 

 いまいち、命懸けという感覚が分からない。

 琉海るかがやっている事はゲームと変わらない。

 

 家でゴロゴロしながらスマホを開いて、気まぐれにアプリで遊ぶのと感覚はほとんど変わらない。

 

 違うことと言えば、やめる事ができないのと実際に歩いたり話したりしなければいけないことだけ。

 確かに大きな違いではあるが、命に危険が有ると感じたのは最初の最初だけだった。

 

「……花威はどんな所に居たの?」

 

 どことなく重くなった空気を変えるために話題を変える。

 

「僕? んー……知りたい?」

「まぁ、聞いてきたし」

「そっかそっか。僕の故郷はまぁ……海に近い感じ?」

「なんで疑問形なの」

「ははっ。枝良い感じに集まったし、一旦戻ろっか! あんまり遅いと希洋きひろくんが心配するし」

 

 これ以上語る気は無いらしく、話を切りあげるように花威は歩いて行く。

 置いて行かれると一人で戻れる自身の無い琉海は、それ以上深く聞くことはせず花威について行くことにした。

 

 希洋きひろの元へ戻ると、彼の他にもう一人、馬を連れた男が居た。

 酷く焦った様子の男と真剣に話していた希洋は、琉海達に気付くと静かに手招きをする。

 

「さっきの村が魚神に襲われたって。急いで引き返すよ」

 

 焦る男の表情と、希洋の嫌に淡々とした声。

 体温が下がるような、血の気が引くような感覚がした。

 

 ――――――――――

 

 男が来る時に乗っていた馬は行きで体力を使い果たしたらしく、森へ残していく事となった。

 

 結果的に、四時間かけて歩いた道を全力で引き返している。

 

 希洋きひろ花威かいは体力が有り、村の男も故郷のピンチに、火事場の馬鹿力というヤツが働いているのか、音を上げることなく走っていた。

 

 問題は琉海るかだ。

 

(くっそ……走りにくい、し体力も、持たない……)

 

 本来の体でも、この距離を走り続けられる自信は無い。

 それだと言うのに、今の体はあまりにも体力が無く、足も遅かった。

 

「お、れは気にせず、先いって……」

 

 時間が無いと言うのに、何度も足を止めて琉海るかを待つのが申し訳なくて、ついにそんな事を口にする。

 

「だめ。夜の海岸に一人で置いてったら間違い無く魚神に殺される。琉海ちゃん、戦えないでしょ?」

「で、も……」

 

 酸素を取り込む肺が痛い。

 だが、それよりも――

 

「……」

 

 何も言わないが、顔を顰めて琉海るかを見つめる男の視線が痛かった。

 

「分かった。花威かい、先行って。俺が指揮官様連れてくから」

「……分かった」

 

 花威が頷き、男と共に走り出す。

 

「水飲める?」

 

 希洋きひろが水筒を琉海に差し出す。

 受け取って水を飲んだが、喉が潤うような感覚はしなかった。

 

「あんまり飲みすぎると逆にしんどくなるよ」

 

 水筒を取り上げられる。

 遅れて、粒のような汗が出始めた。

 口の中に入っても、何の味もしない。

 

「……」

 

 しばらく琉海を見つめていた希洋は、これ以上待てないと言うようにしゃがんだ。

 

「乗って」

「えっ、でも――」

「良いから。急ぐよ」

 

 有無を言わさぬ声に、琉海は頷くしかない。

 

 黙って身体を預けると、希洋は走り出した。

 

 ――――――――

 

 どれほど走ったか、戻ってきた村は、本当に自分の知っている村だったのかと疑うような惨状が広がっている。

 

「あ……」

 

 炎が轟々と上がっていて、深い煙が空高く登っていく。

 炎を背景に動く影が見えるが、よく見れば花威かい魚神ぎょじんが戦っている影だった。

 

 事態を知らせに来た男は、呆然と入口で立ち尽くしている。

 

「指揮官様、花威をお願い。俺は生存者が居ないか確認してくるから」

 

 言い残し、炎の中に飛び込んで行く希洋。

 

 青い髪がふわりとたなびいたのが、妙に目に焼き付いた。

 

 しばらく呆然としていた琉海るかだが、視線を感じて我に返る。

 視線の主は、村の男だった。

 

「なぁ、アンタ……」

 

 震える、掠れたような声。

 声や顔から感情を伺う事はできない。

 

「あ……俺……」

 

 絞り出した声はあまりにも情けなく、か細い物だった。

 これ以上男と会話を続けるのが怖くて、琉海は駆け出した。

 

 花威かいの方へと。

 

 ゲーム感覚の戦闘と、現実での会話。

 逃げ場として琉海が選んだのは戦闘だ。

 

「なんで……なんで……」

 

 こんなはずじゃないのに。

 どうして。

 

 震える手でウインドウを操作する。

 

 画面上には、戦っている花威と魚神のミニキャラが相変わらず存在していた。


 魚神はなんて名に冠しているくせをして全身に炎を纏っている。

 歩いた跡に火の道ができていた。


 花威はあまり近付く事ができず、苦戦している様子だ。

 

 ――status――

 

 日笠 花威ひかさ かい

 スキル:使用不可

 体力:75%

 武器:無し

 

 ――――――

 

 画面右下の武器欄に表示が増えている。

 

 《ゴシックカード》

 

 それがなんなのか、何も考えずに琉海はそれを花威へ渡した。

 

『僕の特技、知ってたんだ』

 

 花威がカードを投げて戦い始める。

 距離を取りつつ、中距離から投げつけられるカードによって魚神は傷付いていき、悲鳴をあげながら倒れて行った。

 

 数秒後には炎も消え、完全に死んだらしい。

 

『まぁ、こんな事も有るよ』

 

 未だ炎がパチパチと燃える音がする。

 魚神が他に居るのではなく、建物が燃える音だ。

 

 そこで琉海は気付く。

 

 悲鳴一つ、聞こえてや来ない事に。

 

琉海るかちゃん、大丈夫?」

 

 近付いてくる花威。

 声はいつも通りで、ほんの少し悲しんでいるようにも見えるが、それでも冷静そうに見える。

 

「なんで……」

 

 聞かずには居られなかった。

 

「なんで、そんな……平気そうなの?」

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