全ては終わりから始まった

@yamadasmith

第1話

「──────!」


 寝癖をあちこちに飛ばした平凡な顔付きの少年の耳に自分を呼んでいるような声が届く。ただ何と言っているのかは分からない。

 その声に答えるように少年は未だ重たい瞼を開く。

 そこはやけに薄暗い部屋だった。家具と言える様な家具はなく、部屋と言うには瓦礫も散乱した酷い状態である。


「良かった!目が覚めた!」


 そんな部屋の中で少年の目に初めに飛び込んできたのは白銀の鎧を着込む何とも峰麗しい白髪の美少年だった。

 泣きそうな、嬉しそうな顔を自身に向ける美少年に少年は小首を傾げながらゆっくりと産まれたままの状態の上半身を起き上げる。


「ッ!危険だアキラ!下がれ!」

「うわ!?」


 そんな叫び声と共に少年の隣で片膝を付きながら見守っていたアキラと呼ばれた美少年が後ろに引っ張られていき、代わりに左目に刀傷を付けた高身長の黒髪ポニーテールが特徴的な騎士風の女が前に出る。

 騎士風の女の手には彼女の下半身ほどはあるであろう剣が握られていて、その切先は真っ直ぐと少年の首筋で鈍く光っている。


「シシーナ!」


 名前を呼ばれた女は、アキラの方は向かずにただただ少年に敵意の視線を向ける。

 対して少年は自身の命の手綱を握る剣の切先に視線を向ける。震えはない。この剣には女の恐怖なんて微塵も感じない。

 ゆっくりと、ゆっくりと少年はその震える両手を上げる。


「シシーナ。彼に戦闘の意思はないよ」

「コイツに無くても私にはある」


 切先が少し上がる。少年も必死に首を上げて切先に当たらないようにはしているものの、既に限界は来ていた。

 そんな少年を前にアキラと騎士風の女は言い争いを続ける。


「ここに来る前に皆で話し合って決めたことだったよね?」

「一度決めたことを反故にするのは私も騎士として遺憾だ。しかし、ただそれだけの事」


 騎士風の女は脚で少年を押し倒し、押さえつけると、剣の柄を両手で持ち少年の首の真上から刺し貫こうとその剣を力いっぱい振り下ろす。


「待って」


 再びの静止に剣が少年の首ギリギリで止まる。

 ツー、と流れる生暖かい液体の何ともいえない感覚を首に感じながら少年は制止した声の主に視線を向ける。

 そこに居たのは紫色の三角帽子とドレスを着こなす紫色のカールの髪の魔法使い風の幼女だった。


「アキラは分かる。だが、何故お前まで私を止める!キャツサ!」


 声を荒げる騎士風の女にキャツサと呼ばれた幼女は女とは対照的に冷静に答える。


「決めたことを無視しようとしてるのはそっち。それに、ソイツから色々聞かなきゃいけないこともあるんじゃないかしら?」


 魔法使い風の幼女にようやくその場にいる全員が押し倒されている少年に視線を向ける。

 そして、少年の方もようやく現状の把握に少しずつ頭を回していく。

 少年の頭に現れるのは幾つもの疑問。何故今自分は剣を突きつけられているのか?目の前で争っている美少年達は何者なのか?そもそもここは何処なのか?

 ………否。少年にはもっと根本的な疑問が頭にあった。あるだけでも可笑しな、あるべきはずがない疑問。それを浮かべるだけで少年の背筋に嫌なものが走る。

 だが、言わなければならない。でないと何も始まらない。

 少年はゆっくりと深呼吸をして心を落ち着かせながら尋ねた。


「あの………、俺って、誰なんですか?」


 少年の質問にアキラは一瞬心臓が止まった様な気さえした。

 今、目の前の裸の少年は何と質問した?いや、アキラも何と言ったのかは分からない訳ではない。ただその意図が分からない。

 これがもし、自分勝手な愉快なジョークならばその場で一発ブン殴れば事態は収束するのだろう。だが、少年の目にはそんな魂胆が一切見えない。あるのは言葉にもできない不安だけだ。


「おい、キャツサ。これはどう言う事だ?」


 少しだけ、騎士風の女の切先が揺れる。決して少年から離れることはなかった視線は少年を捉える事を止め、後ろにいる仲間へと向かう。


「私に聞かないでよ………。とりあえず、その剣下ろしたら?今のまま彼を斬ってもシコリが残るよ」


 顔を顰めながらも剣を下ろす騎士風の女を見て、ようやくアキラは安堵の息を漏らして少年に近付いて尋ねる。


「自分の名前、分かる?」


 少年はフルフルと首を横に振る。

 その様子にアキラは奥歯を噛み締めて、そしてその痛みや今の気持ちを顔に出すことをせずに自身の手を少年に差し出す。


「なら覚えておいて。君の名はシュテン・イブキ。この世界に召喚されたボクと対になる勇者。今はちょっと喧嘩気味だけどね?」

「シュテン・イブキ………」


 告げられた自身の名を記憶のない少年は復唱する。しかし、思い出せることは何一つない。

 苦虫を噛み潰した様な顔を見せるイブキにアキラも同じような顔を浮かべる。


「………とりあえず、街に帰ろアキラ」


 この混迷した状態に終止符を打ったのは、魔法使い風の少女、キャツサだった。

 彼女の提案にアキラは肯首する。


「そうだね。話はそれからだ。シシーナも、それでいいかな?」


 笑顔を見せるアキラに騎士風の女、シシーナはジロリとイブキを睨む。

 しかし、先程のように剣を向けることはなく、鞘に納めて一足先に部屋の出口へと向かって行く。


「………アキラがそうしたいならそうしろ。私はもう知らん」


 スタスタと部屋を出るシシーナ。その背中を追うようにキャツサも部屋を後にする。

 部屋に残されたのは未だ状況が把握できずにいる平凡な少年と差し出した手への返答を待つ美少年。

 イブキは顔を顰めて差し出された手とアキラの顔を交互に見る。


「安心して。君を酷いようにはしない。今はちょっと喧嘩しててギスギスしてるけど。これから一緒にイブキの記憶を取り戻そう」


 少年にとって今の言葉は甘言に他ならず、怪しい物に違いない。

 それでも自分の事すら覚えていない状態の彼には自分を知っている目の前の美少年に縋るしかないのもまた違いのないことだった。


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