第9話 ファイナルゲーム(その9)
職員用駐車場で、制服評議会だった断片がさっきまで自分たちがいた南校舎の屋上を見上げてもぞもぞと身を捩っていた。
制服評議会を構成していたスライムのほとんどは屋上で散らばり、蒸発して消えてしまった。
今、残っているのはかろうじて大人の手のひらほどだが、それでもまだ死んでいない、まだ生きている。
制服評議会は――わずかに生き残った断片は考える。
このままでは蒸発するのは時間の問題だ。
悪魂の一匹でも残っていれば憑依して逃げ延びることができるのに。
周囲を見渡すがブレザーの銃弾とワンピの手裏剣で惨殺された死骸の山が築かれているだけで、生きている悪魂は気配すらない。
やばい、やばいぞ。
なんとかしないと、身体を調達しないと。
このままでは屋上で散った奴らと同様、干からびて蒸発してしまう。
そこへ――
「ぽぽぽぽぽ」
「ああ、ぽぽちゃん、落ち着くのである」
「じろじろ」
――ぽぽちゃんと二体の思念体が現れた。
“断片”は、ぽぽちゃんこそ知らないが、二体の思念体は知っている。
何者なのかを知っている。
とてもよく知っている。
その思念体に向かって声を絞り出す。
「チョウとシ……ですね」
思念体の一方――ぽぽちゃんの
「ひさしぶりであるな」
制服評議会の断片が油断を誘うべく、平静を装って問い掛ける。
「まだ聞いてませんでしたね。なぜ、あなたたち――チョウとシは制服評議会を抜けたのです?」
チョウが答える。
「ただひたすら自然体の声を聞くこと――それを至福と感じる吾輩と、対象を意のままにして――時には蹂躙することも一興と考える制服評議会が相容れるはずもない。それだけである。そして、それは――」
かたわらで「じろじろ」とつぶやく思念体にレンズの中で顔を向ける。
「――対象の自然体の姿を眺めることを至福とするシも同様である」
制服評議会の断片が返す。
「確かに制服評議会とはそういう集団でした。しかし、今は思います。チョウとシ。あなた方の考えこそ正しかったのだと……制服評議会が優先するべきは女子校生の権利と幸福だったのだと……こんな無残な姿になって……ようやく考えを改めたのです。これからはともに歩もうではありませんか。ともに女子校生の笑顔のために」
「……」
断片を見下ろしていたチョウは答えず“にゅるん”とスライムの腕を差し出す。
制服評議会の断片がその腕に触れる。
そして、ささやく。
「バカめ」
チョウの腕をひったくるようにむしりとった制服評議会が笑う。
「これだけあればここから逃げるのは十分です。われら煩悩は未来永劫消失することはありません」
「そんなことは言われるまでもないねえ」
不意に掛けられた声はチョウでもシでもない。
無論、ぽぽちゃんでもない。
声の発生源は制服評議会が、たった今むしりとったばかりのチョウの一部。
それが猛烈な勢いで増殖して制服評議会の断片を覆い始めている。
「な、なんです? これは? これは? これは? 一体……」
慌てる制服評議会の断片にチョウが答える。
「ここに来る前、森にある深層域直通の泉を見ていたら表面に浮いておったのである。おそらく深層域の氷原から逃れてきたのであろう」
“それ”がなんなのか、制服評議会の断片は即座に悟る。
「ああ、ということは。これは、これは、まさか……深層域の氷原で狙撃したはずの――氷原に散らばった制服廃止論者の断片っ」
チョウがささやく。
「これまで人間たちの現実世界に介入して幾人もの女子校生を蹂躙してきた貴様らにこれを接触させれば面白いことになるのではないかと考えて保護したのである」
チョウの一部だった“制服廃止論者の断片”は“制服評議会の断片”を覆い尽くし、侵食を始める。
自身が食われ始めていることを理解した制服評議会がさらに慌てる、声色を変える。
「いや、いやいやいや、待ってください。認識を改めたって言ったじゃありませんか。考え方を変えたって言ったじゃありませんか。反省してるのですよ、本当に。やめさせなさい、チョウ。黙って見てるんじゃありません、シ。こいつをどっかへ……早く……く、食われる……くそがっ……こ、この……こおおおおおおおお……。……。……」
チョウとシの見ている前で、制服評議会の断片は制服廃止論者の断片に完全に食い尽くされ、わずかの残渣も残さず消え去った。
「さて、これからどうするつもりであるのかね」
制服評議会を食い尽くすことでぽぽちゃんほどのサイズになった制服廃止論者の断片にチョウが声を掛ける。
制服廃止論者は小さなレンズをチョウに向けたあと、かたわらに建つ――まだ充駆たちのいる――南校舎の屋上を見上げる。
「まだまだ私の戦いは続くのさ。私のやり方でねえ」
「女子校生への煩悩や欲望を根絶するまで、であるか」
「もちろんさ」
「遠大な話である」
「それが私、制服廃止論者の意図する世界なのでねえ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。