第6話 追跡行(その5)
イートンが悲鳴をあげる。
「ボレロっ」
力なくその場に崩れるボレロの背後から充駆がハンマーを振りかざして飛びかかる。
スクールセーターは瞬時にボレロに巻き付けていた触手を向けようとするが、充駆を拘束するには間に合わない。
このままでは確実に振り下ろしたハンマーが自分の頭を砕く――そう察したスクールセーターはその打撃を回避するべく、改めて出現させた触手を両手でぴんと張って振り下ろされるハンマーの柄を受け止めようとする。
しかし、充駆は触手にハンマーの柄が触れる直前にハンマーを消す。一秒にも満たない、ほんの一瞬だけ消す。
触手に触れる寸前で消えたハンマーが触手の下で再集束する。スクールセーターが振り下ろされるハンマーを受け止めるべく張った触手を素通りするように。
結果、ハンマーはそのままスクールセーターの頭部へと。
しかし、スクールセーターはその一撃を、上体をのけぞらせて回避する。
充駆の振り下ろしたハンマーがスクールセーターの鼻先を掠めて空を切る。
直後にスクールセーターの悲鳴。
ハンマーがスクールセーターのローファーの爪先を潰していた。
激痛と無理に逸らせた上半身でバランスを崩したスクールセーターは、そのまま仰向けに転倒するものの充駆の追撃に対応すべく慌てて上体を起こす。
そこへハンマーを振り下ろす充駆。
動けない、逃げられない――それでもスクールセーターは諦めない。
最初にボレロに対してやったのと同じことを今度は充駆に向ける。
瞬時に伸ばした触手を、すぐ横で倒れたまま動かないボレロの首に巻き付けて引き寄せる。自身と充駆の間へと。ボレロの身体を、自身を守る盾にするために。
スクールセーターに覆いかぶさるように割って入ったボレロの身体に、充駆が慌てて振り下ろしていたハンマーを消す。
同時にスクールセーターは激痛に顔をゆがめる。
充駆とスクールセーターの間で、スクールセーターに覆い被さったボレロがあえぐようにささやく。
「動けないわっしを……そっちから引っ張ってくれて……あざーっす」
握りしめた太刀をスクールセーターの脇腹に突き立てながら。
スクールセーターが血を吐く。
「……く……きさま……」
そして、ボレロを支えに立ち上がる。
ボレロもまたスクールセーターと支え合う形で立ち上がり、まだ突き立てたままの太刀をさらにずいとスクールセーターの奥深くへと押し込む。
スクールセーターがさらに大量の血を吐いた。
その口元から思念体――制服廃止論者がにゅるりと姿を現す。
制服廃止論者は充駆とイートン、そして、太刀を突き立てたスクールセーターにもたれかかったまま顔を伏せているボレロにまくし立てる。
「わかっているのか。自分たちがなにをやっているか。制服評議会の真の目的をわかっているのか。小娘どもっ」
充駆は、それがなにを言っているのかわからず立ち尽くす。
ボレロもまた続く言葉を待っているのか、じっと動かない。
制服廃止論者が続ける。
「評議会の真の目的は制服の持つ魔力で女子校生の……」
そこまで言った時、空から飛来した物体が銃弾のように制服廃止論者を貫いた。
そのまま氷原に着弾した
うごめいているそれは小さなスライムの断片のようだった。
充駆がそれの飛来した方向へ顔を上げると同時に“銃弾を放った張本人”が語り掛ける。
「よくぞここまで――制服廃止論者が姿を現すところまで、追い詰めましたね。イートン、ボレロ。ご苦労様です」
六つのレンズを持つ思念体――制服評議会が見下ろしていた。
制服廃止論者が断末魔の悲鳴をあげる。
「う、おおおおおお、お、お、あ……あ……あ」
その姿が雲散していく。
互いに支えあうように立っていたボレロとスクールセーターが、その場に崩れ落ちる。糸の切れた人形のように。
同時にかすかに響いた“乾いた音”に気付いた充駆が目線を落とす。
氷上に“黒い集合無意識誘導鍵”が落ちた音だった。
充駆が拾い上げようと手を伸ばした瞬間、スクールセーターががばと立ち上がり鍵を蹴り飛ばす。
鍵が氷上を滑る。
制服評議会が慌てる。
「いけないっ。止めなさい。早く」
その滑る先へと充駆が目を向ける。
そして、ここまでスクールセーターにばかり意識がいって、まったく気付いてなかった
それはすぐ近くで口を開いた“
そして、その底から覗く集合無意識の暗い海。
制服廃止論者の意思で染まった“黒い集合無意識誘導鍵”がそこへ落ちれば、次世代の制服デザインどころか制服そのものが廃止に向かう。
「ボレロ……ボレロ……。聞こえますか、ボレロ。起きなさい。ボレロ」
暗闇の中でボレロはどこからかささやく声を聞いた。
「誰っすか」
「制服評議会です」
しかし、その姿は見えない。
ボレロは目を凝らすが、周囲はどこまでも暗闇だけが続いている。
制服評議会の声が早口で続ける。
「一秒を争います。いいですか? その身体をこちらに明け渡しなさい」
「明け渡す?」
「鍵を回収するのです。思念体は鍵に触れることはできません。だからボレロの身体が必要になるのです。しかし、今のボレロはすでに肉体から意識が消失しつつある状態です。生命が消失しつつあると言った方がわかりやすいでしょう。すでにボレロの意思でその身体を駆使することはできない状態なのです。これ以上、説明している時間はありません。早く明け渡しなさい。間に合わなければみんなが大変なことになるのですよ」
「イートンもっすか」
「もちろんです」
ボレロが笑顔で答える。
「じゃあ明け渡すっす。急ぐっすよ」
急いで追いかけようとする充駆より先にボレロが動いた。
全身を締め上げられた時に折れた肋骨で内臓が損傷しているはずのボレロが、大きく揺れる重い胸を意に介さず有り得ない速度で鍵を追っていく。
まったく負傷していない充駆ですら、追い付くどころか距離を詰めることすらできない速度で。
鍵が氷原の縁からクレバスへと飛び出した。
ボレロも同様にクレバスへ飛び出す。
「ボレロっ」
「ボレロっ」
叫ぶ充駆とイートンにボレロは空中で掴んだ鍵を投げて寄越す。
その身体をクレバスの底へと落としながら。
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