第6話 追跡行(その4)
「ここであるぞ」
ついたのは森の奥にある泉のほとりだった。
「この中がそのまま深層域までつながっておる。行くがよいぞ」
とは言われても――まだ信用したわけではない充駆は戸惑っている。
しかし、ボレロは構わず充駆の手を握って思念体に向き直る。
「助かったっす。行ってくるっす」
そう言うと充駆の手を握ったまま、泉へ飛び込んだ。
充駆が落ちたのは氷原だった。
周囲を見渡せば、イートンの言っていた通り、星々の瞬く夜空の下にどこまでもなにもない氷原が広がっている。
とはいえ、ここは潜在意識の深層域である。
瞬いている“星に見えるもの”は充駆の知る星とは別のものであろうことは容易に想像できる。その正体はわからないけれど。
充駆はクッション代わりに下敷きになり、激突の衝撃を受け止めてくれたボレロに声を掛ける。
「ごめん。大丈夫?」
そこへ背後から暢気な声が掛けられる。
「やあ、びっくりしたっすね」
聞き慣れた声に顔を向ける。
着地した時にぶつけたのかジャンパースカートのおしりを撫でているのはまちがいなくボレロだった。
じゃあ、下にいるのは誰だ?
充駆が目を下ろそうとした瞬間、真顔のボレロが右腕に集束させた太刀を構える。
「イートン、離れるっす」
いつにない真剣な表情と声色に異常を察した充駆が、飛び跳ねるようにその場を離れる。
下敷きになっていたのは――ボレロではなくスクールセーターだった。
充駆は慌てて距離をとると右手にハンマーを集束させて構える。
スクールセーターは充駆やボレロと同様に、あるいはそれ以上に戸惑いながら立ち上がる。
「また、オマエらか……。でも……どうやって……どこから……いつのまに……」
そして、背を向けて走り出す。
「逃がさないっす」
ボレロが追う。
充駆が低い姿勢から振り回したハンマーを離す。
ハンマーはそのまま回転しながら氷上を滑っていく。
そして、スクールセーターの足元を直撃して転倒させる。
慌てて起き上がろうとするスクールセーター。
その背にボレロが太刀を振りかざしながら斬りかかる。
同時に充駆の身体が自分の意思とは無関係に、高速でふたりのもとへと引っ張られていく。
「? なぜ?」
戸惑う充駆が気付く。いつのまにか自身の胴にスクールセーターの袖口から伸びる触手が絡みついていることに。
ボレロの刃が振り下ろされる寸前で充駆の身体がボレロとスクールセーターの間へと割り込むように引っ張り込まれる。
瞬時に“スクールセーターをかばう盾”とされた充駆に、ボレロが太刀を振り下ろしながらバックステップ。
その切っ先が充駆の胴に巻き付いた触手を掠める。
その太刀筋は触手を断ち切ることこそできなかったが、それでも充駆が引きちぎるには十分な傷を付ける。
充駆は一旦ハンマーを散開させると両手で触手を引きちぎり、転がるように身体を返してスクールセーターから離れる。
そして、間髪入れず、再度、手元に集束させたハンマーを振りかざし、一気に距離を詰めて振り下ろす。
一瞬早く、スクールセーターは充駆の両手首に新たに伸ばした触手を絡めると、その身体をまたしても誘導するように、再度斬りかかろうと刃を振り上げているボレロの前へと突き出す。
結果、充駆の振り下ろしたハンマーの先にボレロの姿。
「ちっ」
舌打ちの充駆がボレロに直撃する寸前のハンマーを消す。
そのままつんのめった態勢になった充駆の肩にボレロが右足を載せて跳躍する。
そして、着地しながらスクールセーターの頭頂部へ太刀を振り下ろす。
スクールセーターがバックステップでその刃をかわす。
そして、睨みあう。互いの太刀と触手を構えたまま。
先に口を開いたのはボレロ。
「百葉箱の前でイートンにやった一撃必殺の触手貫通をやってこないっすね。できない理由でもあるっすか?」
スクールセーターが答える。
「あれをやるには……触手を硬質化させるための……時間と集中力が……必要。それに……相手を貫くには……一定の加速度が必要だから……とうしても……動きが直線になる。軌道が読まれやすい……防御されやすい。だから……あれは……不意打ち専用」
「正直っすね」
「あんなのを使わなくても……お前を……殺せるから」
直後に伸ばした触手がボレロの上半身へと向かう。
ボレロの太刀がその触手を断つ。
しかし、斬られた根元から新たな触手が瞬時に生えてボレロを襲う。
振り下ろした太刀を構えなおす間を与えず、触手はボレロを両腕ごと締め上げる。
「う、動けないっす」
さらに触手がぎちぎちと食い込み、ボレロの
「このまま……絞め殺す」
ぼそりとつぶやくスクールセーターの三白眼が笑う。
ぼきんという衝撃をともなった音が聞こえた直後、ボレロが咳き込み、血を吐いた。
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