第5話 殺しあう!(その9)

 大会三日目にして最終日である。

 校舎に入ってすぐに防衛戦の開始場所として“三階にある三年一組の教室へ来るように”とのメールを受信した充駆は生徒玄関から一階の廊下を東階段へ向かう。

 その途中で思わず足を止めた。

「どうしました?」

 イートンの問いかけに答える。

「いや、もう直ってるんだ?」

 目線の先には、昨日の充駆が崩落させたはずの北校舎への連絡通路がなにごともなく存在していた。

「私たちと同様に学校施設も自動的に復旧するんです」

「へえ」

 感心したような呆れたような声を漏らして東階段へ向かう。

 そして、達した三階で昨日と同様に手近の扉から静かに足を踏み入れる。

「そんな恐れなくても大丈夫ですのよ」

 掛けられた声に目を向ける。

 教室の後ろにブレザーが立っていた。

 きちんと着こなした制服と内巻きのセミロングヘアがその口調と相まってエレガントな印象を与えている。 

 校内放送が開始を告げる。

「じゅるり、じゅるり。三年一組で次世代制服デザイン防衛戦。女王ブレザー対挑戦者イートンが始まったぺろ。じゅるり」

 ブレザーが微笑む。

「すぐに終わらせてあげますわ」

 そう言って窓ガラスに向けた右手に光が集束する。

 現れたブレザーの武器に充駆が目を見張る。

 どうやって勝つんだ、こんなのに。

 それは短機関銃だった。

 ブレザーが引き金を引くと、たたたたたんという小気味いい銃声から少し遅れて耳をつんざくような音とともに窓ガラスが四散する。

 とにかく距離をとらねばと充駆が慌てて廊下へと引き返す。

 直後に、教室後方のドアを荒々しく開く音が聞こえた。

 目を向けるまでもなく理解する。ブレザーが廊下へ出たことを。

 とりあえずなにかしなければ――と、昨日の二階と同じ位置に備え付けてあった消火器を手に取りノズルを向けて噴出させる。

「な、なんですのっ。げほっ」

 悲鳴を上げたブレザーが咳き込みながら白煙の中を慌てて教室へ引き返して扉を閉じる。

 充駆は消火器を放り出すと、東側の突き当りへと後ずさりしながらイートンへささやく。

「これで少しは時間が稼げるだろう。噴出はすぐに止まるかもしれないけど、積もった消火剤で滑るから昨日のワンピみたいにゆっくりとしか向かってこられないはず」

 そこまで言って、あんまり意味がないことに気づく。

「でも、撃ってきたらそれまでだな。くそ」

 しかし、イートンがその懸念を払しょくする。

「その可能性は低いと思います。ゼロじゃないですけど。このすぐ先が行き止まりになってるので跳弾のリスクが上がってますから」

「跳弾?」

「はい。教室で私たちじゃなく窓ガラスを撃って威嚇したのも跳弾を警戒してるんだと思います」

 フィクションの銃撃戦ではほとんど考慮されることのないその言葉に充駆は思う。

 銃器における圧倒的優位性は殺傷力と射程距離。

 しかし、屋内であるがゆえに発生する跳弾は、その殺傷力と射程距離ゆえにブレザー自身まで危険にさらしているらしい。

 そんなことを素人なりに考察してみた充駆だが思案を戻す。

 今の自分がとるべき最良の選択肢はなんだ?

 数メートル先は行き止まりで、そのかたわらに今いる三階と二階、そして、屋上をつなぐ東階段がある。

 そして、その手前には北校舎への全天開放型連絡通路――二階の連絡通路の屋根に手すりを付けただけの渡り廊下。

 となると選択肢は三つ。

 北校舎へ逃げる、屋上へ逃げる、二階もしくは一階へ逃げる。

 再度、教室の扉が開く音がした。

「あらあら、こんなに散らかして」

 いつのまにか消火器の噴出は終わり、床を濡らしている白い消火剤の上をブレザーがぶつぶつ言いながらおそるおそる歩いてくるのが見えた。

 その銃口は充駆に向いてはいるが、まだ撃たない。

 屋内で跳弾のリスクなく確実に充駆を殺すために引き金を引くのは十分距離を詰めてから、理想を言えば充駆の眉間や心臓に銃口を押しつけた状態がベストだと思っているのかもしれない。

 いずれにしろブレザーには余裕がある、勝利を確信している。

 至近距離に入れば確かにハンマーは有効な武器だが、充駆が振りかぶって振り下ろすというアクションの間にブレザーは引き金を引くだけでいい。

 つまり、ハンマーの射程内にまで間合いを詰めたところでブレザーの優位は動かない。

 だから跳弾のリスクに身をさらしてまで発砲する必要はない――そう考えているのだろう。

 イートンがささやく。

「狙撃される可能性がゼロなのは――階段です」

「階段?」

「見通しのいい連絡通路だとこっちが北校舎に到達するまでに、昨日の充駆さんが利用した防火用の鉄扉を跳弾対策の盾にして背後から狙撃してくる可能性があります」

「なるほど」

 連絡通路を通り過ぎて階段に到達する。

「上か下か」

 思わず迷いが口を衝く。

 イートンの答えは――。

「上です。階段では絶対に撃たれないのは上へ向かう時だけです」

「なぜ?」

「見ればわかります」

 身を乗り出し、見下ろす、見上げる。

「確かにそうだ」

 階段は一般的な踊り場を持つ折り返しタイプだった。

 手すりから身を乗り出せば下の階段が丸見えで跳弾のリスクは多少なりともあるものの、頭頂部を狙って狙撃することができる。

 しかし、手すりから身を乗り出して見上げても見えるのは折り返した階段の底面でしかなく、階段そのものが盾になる。

 振り返る。

 消火剤の積もった床を足元に注意しながら、滑って転倒しないよう慎重に歩いてくるブレザーはすでに教室の中ほどを過ぎて、消火剤の堆積範囲を出ようとしている。

 充駆は屋上への階段を駆け上がる。

「でも、上だと屋上だろ? 追いつめられたことになるんじゃ……」

 さらに充駆のイメージする屋上とは開放的な空間であり、跳弾の心配はいらないとばかりに撃ってくる可能性もある。

 イートンが答える。

「階下の教室に逃げ込んだとしても机とイスしかないので身を隠すことは難しいです。でも、屋上には給水タンクとか空調の排気施設とかソーラーパネルがあって隠れ放題です。あと、もうひとつ。屋上なら攻略できるかもしれません」

「攻略? 機関銃を? できるのか?」

「タイミングがかなりシビアなんですけど……。“十秒の時差ラグ”っていうのがあって……」

 階段の突き当りには屋上へ出る扉があった。

 ドアノブを握る――しかし、施錠されている。

 なにかぶつぶつとつぶやきながら、ゆっくりと階段を上がってくるブレザーの足音が聞こえる。

 ローファーの靴底ソールに付着した消火剤で滑ることを心配しているらしく、駆け上がってこないのが幸いだった。

 とはいえ、もちろん、このまま追いつめられるわけにはいかない。

 充駆は右手に集束させたハンマーで扉を破壊して屋上へ出る。

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