第3話 音楽室の決断(その4)

 考えてみれば当然である。

 イートンがこの身体で大会とやらに参加するのなら、当然、充駆も参加することになるのだ。

 ましてや充駆はイートンと一体化しているとはいえ巻き込まれた立場であり、大会にエントリーしているわけではないのだ。

 そんな充駆の脳内を読み取ったかのように声が続ける。

「ずっと戸惑っているような表情や所作を見ていると参加の意思があるようには見えません。現に当人の口からは一度も参加を表明していませんよね。ボレロやイートンにわけもわからないまま連れてこられたのではありませんか?」

 “それ、正解”――思わず心中でつぶやく充駆は、ボレロと脳内で充駆の言葉を待っているであろうイートンの視線を感じながら波形に答える。

「僕は……まだ訊いてないことがあるんで……なんとも」

 その煮え切らない言葉に横からボレロが大げさに落胆のため息を漏らす。

 ボレロにしてみれば充駆の意思は確認するまでもないと思っていたのだろう。

 ここまで来た以上は嫌がってないと――それはそれでボレロの早合点なわけだが。

 充駆は目線をそんなボレロに移す。

「大会大会って言ってるけど、なんの大会なのか聞いてないよ。ルールとかも」

 呆れたように声がつぶやく。

「まだ言ってなかったのです?」

「そ、そういや言ってなかったっす」

 ボレロが慌てて充駆に向き直る。

「大会ってのは次世代の制服デザインの主流を決める大会っす」

「次世代? 制服? 主流?」

 さっぱり意味がわからず眉をひそめる充駆へボレロが続ける。

「制服デザインの主流といえば、それまでずーっとセーラーが絶対女王だったっす。それが今はブレザーに替わってるのは四十年前の大会でブレザーが優勝したからっす」

 どういう理由でそういうことになるのだ???

「わ、わからない、なにを言ってるのか」

 充駆は混乱のあまり、思わず渋面になる。

 そんな充駆に対しボレロは――。

「理屈はわからなくてもいいっす。わっしもよくわかってないっす。とにかくわっしたちの中から優勝した制服のデザインが人間の集合無意識にアプローチして次の主流になるっす」

 そんな大会が定期的に開催されているとはもちろん初耳である。

 半ば無意識に額縁の列を見上げる。

 元は肖像画を収めていた四枚の額縁は、今は暗転してフラットな線だけを走らせている。

 それはまるで充駆の言葉を待っているように、充駆とボレロのやりとりを聞いているように。

 充駆が頭の中でさっきまでのやりとりを反芻しながらつぶやく。

 ボレロ、イートン、ワンピ、セーラー……そして、ブレザー。

「四十年ごとにこの顔ぶれでやってきたのか。これまでも、これからも……」

「そうとも言えないがね」

 声に合わせて上下したのはセーラー姐さんの波形。

「次に開催される四十年後までに新たな主流の候補となるデザインが人間界で発表されていれば新たな参加者となる。逆に人間界で支持されなくなって四十年後には消えているデザインがあれば当然その大会には参加できない」

 引き継いだのはワンピ姐さんの波形。

「今回はオレ、ワンピとセーラー、ボレロ、イートン、そして、現女王のブレザーで争う予定だったが、この顔ぶれが四十年後の次大会にもそろうかはわからねえってことだよ」

 ボレロが続ける。

「で、ルールなんすけど――殺し合いっす」

「……!」

 絶句する充駆にボレロは気付かず、笑いながら続ける。

「ていうか、先に死んだ方が負けのデスマッチっす」

「あのさ……」

 気を取り直した充駆が口を開く。

 “どうかしたっすか”とばかりに真顔で首をかしげるボレロに、充駆は思いついた疑問を率直にぶつける。

「公園で僕に“真面目に生きろ”とか言ってたのに殺し合いに誘うって矛盾してないか?」

 そんなことかとボレロが笑う。

「ああ、それなら大丈夫っす。参加すればわかるっす」

 充駆は考える。

 意味がわからない。

 それでも……。

「いいよ。参加する」

 脳裏に浮かぶのはアスファルトの上で死にながら見上げた曇り空、そして、教室で捨てられ隠され汚された自分の教材や私物の数々と同級生から罵倒され嘲笑される日々。

 どうせ死んだ身の上だし、生きてても面白くないし――そう考えれば延命してくれたイートンのためにこの命を使うことが妥当な気がした。

 それだけではない。

 姉の祐未とそろいの制服を着る日を楽しみにしながら叶わなかった理未。

 充駆が問われているのは、そんな理未があこがれた制服の将来でもあり運命でもあるのだ。

 セーラー姐さんとワンピ姐さんの言葉を反芻する。

 次の大会は四十年後、それまでイートンタイプの制服が生き残っているかどうかはわからない、次の大会に参加できるかは現時点では誰にもわからない。

 すなわち、今大会が最後の機会かもしれないのだ。

 そう考えると今大会の参加を見送るという選択をすることはできなかった。

 改めてはっきりと宣言する。

「参加します」

 声が告げる。

「わかりました。繰り返しになりますが、イートンの姿であることを条件として。“人間の男”の姿となった際にはその時点で反則負けとし、次回大会への参加権も失うこととします。いいですね?」

 充駆が頷く。

「はい」

「イートンも」

 男の声に促されて、イートンの声が答える。

「はいっ。ありがとうございますっ」

 ボレロが充駆の手を握る。

「頑張って優勝するっすよ」

 その言葉がイートンに向けたものなのか充駆に向けたものなのかがわからず戸惑う充駆だが、そこへ声が割って入る。

「最後にボレロ」

「まだなんかあるっすか」

 ボレロが波形を見上げる。

「参考までに聞いておきたいのですか、なぜそこまでイートンを参加させたいのです?」

 ボレロはためらうことなく答える。

「わっしはイートンが大好きだからっす」

 そして、続ける。

「この四十年間、イートンが次の大会のために善行を積んで、いろいろ勉強してきたのを見てきたっす、一緒に頑張ってきたっす。そんなイートンが参加できないのは悲しいっす。わっしだけじゃなくイートンも悲しいっす。悲しいイートンは見たくないっす。うれしいイートンを見たいっす。それだけっす」

「なるほど……。すばらしい話です。では、大会でのおふたりの活躍を期待しますよ」

 同時にすべての波形が消えて、元の肖像画に戻った。

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