ラストシネマ

雛形 絢尊

第1話

読経には出席せずに雨の吸った煙草を

地面にこすりつけ、ため息を吐いた。

親しい友人が亡くなった。それも突然。

人の死はある日突然訪れる、

その台詞がよぎり余計に虚しくなった。

雨脚はどんどん強まる一方。

とうとう雨宿りの場所さえなくなったようだ。

肩寄あった彼奴も

昼過ぎには灰になってしまう。 

今日の日だけは雨を憎んだ。

喪服の肩にぽつりぽつりと

五月の雨は降り注いだ。

手向けられた花々に囲まれた

笑い顔に手を合わせる。

親族の方と目が合い、

やるせない思いになった。

礼をし自席に戻る。

右隣りには小仏義人がいた。

彼は故人同様、昔から仲睦まじい友人である。

もともとは同じサッカーチーム。

なんせ小学校時代からの仲である。

時たまに揉めてしまい当たってしまうけれども、居場所と言うものを実感したのは

間違いなく彼らのおかげであった。

 幾年過ぎて今現在。自分自身は

地元の中小企業で働いている。

会社の評判はまだまだ伸びしろがあるらしい。

主な業務はゴム製品の取り扱い、

日々工場を巡り巡り頭を下げている。

対して小仏は市役所勤務だ。

違いが垣間見えるであろう。

故人の泉清正は映画監督になる夢を捨てきれず、

高校卒業と同時に上京し、

ある映画監督に弟子入りしたという。

それからのことは

あまり分かっていなかったが、

夢に構えているその姿勢だけは

鮮明に浮かべることができる。

ひたむきに好きな映画について話しているときの表情がフラッシュバックする。

別れの膳の目の前には恐らく同じことを

思っているであろう小仏が座っている。

その他にも幼馴染の面々や

泉の友人たちが周りに見える。

重たくどっとしていた空気に対し

目の前の小仏が口を開いた。


「23か・・・」


 溜めに溜め込んだやっとの一言であろう。

自分は言葉すら見当たらなかった。


「あんなに明るくてしっかりした奴なんてなかなか出会えないよな」


 幼馴染の冴島が言う。

自分から見て斜め右前に座る男だ。

学級委員をしたり、生徒会役員に

立候補したりと真面目な人柄である。


「生涯で一本は映画を撮るなんて

言ってったっけな」


 ぼやくように小仏が言う。

たまらなくなった自分はようやく口を開ける。


「死ぬなんてありえないよな」


 頷くように斜め前の冴島が続く。


「もったいないよな、

いい人間ほど早くに亡くなるなんて」


 話に入ってきたのは

意外にも右隣りの相沢であった。

相沢とは幼稚園からの関わりであり、

信用のある関係を今でも築いている。


「死因はまだ分かっていないのよね?」


その言葉に数人が反応を示した。

一瞬の静寂が籠る。

その通りだ。死因は一切分かっていない。

唯一の手掛かりは、

ないといっても過言ではない。

地元の山奥で遺体が見つかったようだ。

締め痕も襲われた形跡すらない。

未解決事件と言ってもいいほど

謎に包まれた死であった。


「映画でも撮っていたのかな」


 そう言ったのは冴島だった。

話を聞くと遺体として見つかった時、

ミラーレスカメラは所持していたらしい。

だとしても映画を撮影していたとは思えない。

そのカメラの録画記録を見てみたい。

それに限る。


「そうならいいけども大きな事件にでも

巻き込まれていないよな?」


 小仏が言う。続く冴島。


「確かに騙されやすいっちゃ

騙されやすい方だよな」


「あいつはそんなことには巻き込まれない」


 個を持って言った。昔からの性格上、

流されるような人間ではない。

小仏もそう思うだろう。

「私もそう思う」と相沢が言った。


「クマに襲われたりしていないよな?」


と冴島が言う。


「でもそれなら痕跡は残るじゃない?」


 と相沢は言う。確かにと頷く。


「最近、あったじゃん。この辺でおじさんが

クマに襲われて亡くなった事件」


 冴島が言った。

確かにあったような気がする。

 相槌を打つように小仏は、


「今日は偲んでやろうぜ。そんな話で

盛り上がったところであいつは喜ばない」


 そうだなと冴島に続いてそれぞれが頷く。


「でも、一つ気になったのはあいつ、

そういえば誘拐されそうに

なったことあるよな?」


 そう言ったのは小仏だった。

続いて話に混ざる。


「しっかりしているのが裏目に出たのかもな」


「確か、淳平が大変だって言われて

ついて行っちゃったんだっけ」


 相沢が言う。

淳平とは泉のふたつ歳が離れた弟である。

人を信用することを逆手に取られ

危うく連れて行かれそうになった過去がある。

この街にはそういったことが稀にある。

地方の田舎であり閑静なこの街には

『人さらい町』という噂もたてられたほどだ。

言われてみればこの街には不審者に注意の

看板がやけに多い。

だが、自分も小仏も体験することはなかった。

 事の始まりは二十年以上前に及ぶとされる。

数名の少年少女たちが

一夜にして行方不明になった事件。

山中にある神社の近くだったので神隠しである可能性が高いとされていたが、

見送られたようだ。

なんせ、子供たちは無事解放されたそうだ。

泉が遭遇した不審者も

同一犯である可能性が高いらしい。

田村芳雄。仮名だが

駐在所の前に貼ってあったビラを思い出した。


「犯人は捕まったんだっけ?」


 相沢が聞くと、


「そんなおっさん

もう死んじまってるだろうよ」


 にやけながら小仏は零した。

その刹那に右手が当たり

呑んでいたグラスの水も倒れ、零した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る