File 2 : 横山薫 4

 無知で単純なあいつら2人の事だ。慣れてないからメチャクチャな方法で私をろうとするだろ?


 痛いのはごめんだよ。

 まあ、自分のやってきた事を思えばさ、そんな事は言えないんだけど…。


 だから、私が先に殺られないようにしようって思ったのさ。金さえ手に入れば焦って私を殺ったりしないはずだと思ったんだよ。

 あの2人は小心者だから。



「美琴、これを渡しておきたいんだけど、いいかしら?」


 ある日、私はそう言って美琴に通帳とキャッシュカードを手渡した。


「もう、おばあちゃんは自分で買い物に行けないだろう?

 だからね、週に1〜2回、食料とかの買い出しをお願いしたいんだ。いちいちお金を渡すのも面倒じゃない?だから、まとまったお金を預かっておいて欲しいの」


 なんて言ってさ。


 美琴は一応、いいの?大金が入ってるよ、って言ったけど目は爛々と輝いていた。2000万円の定期預金と500万円近い普通預金の入っている通帳だ。嬉しいに決まってる。


 これでしばらくは私の命も大丈夫だろうと思った。


 美琴はキャッシュカードを渡したその日に牛肉を買い込んできてね。嬉しそうにすき焼き食べてたよ。可愛らしかったね。


「おばあちゃん、すき焼きだよ。おいしいね!たくさん食べよう」


 美琴はニコニコしちゃってね。

 テルくんもビールをガバガバ飲んでた。


 あの時の2人は単純で天真爛漫だったねえ。若いって、いいなあってほんとに思った。



 それからも私は盗聴をつづけてSDカードの隠し場所を探ったんだ。テルくんは古風な男なのか、SDカードはお守りに入れて肌身離さず持っているって美琴に言ってた。


 フーテンのなんとかじゃないか、ってちょっと笑ってしまった。



 あとはどうやってあの2人を始末するか…。考えただけでゾクゾクとした。昔の様に生き生きとしている私にあの2人は気づかなかった。


 まず、私は夫と2人で若い頃に使ったあの薬を箪笥の奥から出した。薬は夫がある同志から貰ったと言っていたけど、薬の名前なんかは知らない。


 でも、その薬がよく効く薬だったのは、この体が知ってる。一錠飲めば体中が燃えて、夫と2人で何回もイケた…。そんな薬だよ。古くなっても薬効は十分なはずだから…。思った通りに事は進むだろうと考えたんだ。




 夫は昔からの私の同志だ。


 夫と結婚した時は逃げ続けるための手段だと思っていたけれど、本当は愛もあったのだと今は知っている。


 へっ?こんな私が愛だって…?

 自分で言っておきながら、笑える!



 殺られる前に殺る。それが本当の私だよ。


 体の自由はあまり利かないけれど、それでも

美琴やテルくんに易々とやられはしない。 

 

 私はもう昔の私に戻っていた。バカな孫に対する愛情も切り捨てたんだ。


 あとは進むだけ。





「おい、美琴。まずいよ。アニキ達が捕まった!」


 それからすぐの事だった。

 テレビのニュースを見たテルくんが青ざめていた。美琴はニュース映像を見て固まってしまい、動けないようだった。


 何事かとテレビを見ると、特殊詐欺事件の犯人達の身柄を確保した、というニュースが流れていた。


 ふーん。アニキ、って呼んだからには知ってる顔って事だ。つまり、組織のラスボスではない。美琴やテルくん見たいなザコが組織のトップを知ってるわけないんだよ。


 ああいう組織はね、上に行けば行くほど賢いんだ。美琴達みたいなおバカはゴミみたいなもんなのさ。だから、ゴミに顔は見せない。


 でも、ゴミが集めた情報はしっかり押さえている。つまり、美琴が私の財産を相続するのを待ち構えてるんだ。いや、私をひっそりと処分するつもりだろうよ。


 けっ!冗談じゃない。


 私はそんな事を考えながら。とりあえず心配そうな顔をして2人の様子を探ってみた。


 どうしたの?と聞くと、美琴はなかなかに上出来の嘘をついた。


「テルくんの知り合いが警察に捕まってしまって…。昔一緒に遊んでたから、テルくんも疑われてるかもしれないって…」


 じゃあ、ここに隠れていればいいわよ、と言う私に2人は疑いの目も向けなかった。


 急がねばならない!

 せっかくここまで逃げきったのに。こんな事で私が誰なのかバレるなんて…捕まるなんて…ありえない。




 機は熟した!

 私はそう思った。


 

 その日、私は美琴にあの薬を瓶ごと渡した。


「ねぇ、美琴ちゃん。テルくんが疲れているみたいだから、元気の出る薬あげようか?

 おじいちゃんがよく飲んでた薬でね。よく効くから1錠だけ飲むんだよ。」


 美琴はその美しい顔で、にっこりと笑って薬を受け取った。


 瓶にはシールを貼った。

 1日1回1錠から3錠


 1錠飲んだらぶっ跳べる薬だ。3錠飲んだら心臓が止まる。


 私はワクワクしながら盗聴器のスイッチを入れた。


 案の定、テルくんは薬をすぐに飲んでくれた。午後も早い時間だと言うのに、早々に美琴に覆い被さっているらしい。


「テル、ヤダぁ…。激しすぎ!」


「美琴も飲め!すごい、すごいよ!」


 2人は夜がふけるまでやり続けたあと、眠りについた。これで薬の量もすぐ増えるだろう。若い奴は限度を知らない。3錠飲んで、頭と心臓が完全にぶっ飛ぶ日も近い。


 これで、テルくんと美琴を始末する算段が出来たと、私はその日が来るのを静かに待ったんだ。

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