File 1 : 霜山リカ 6


 ゆっくりと私は目を開けた。


 私の周りには何人もの人がいて、私を見ている。そして、私は体を拘束されて動けないようになっていた。


 …バイタル正常


 デジタル音声だけが聞こえる。


「ここは、どこ? 私、死んだんじゃないの?」


 私はあたりを見回した。すると、スーツを着こなし縁無しメガネをかけた30歳過ぎの男が、私に近寄り語りかけてきた。


「ここは警察の特殊捜査研究所です」


 優しげな声に聞こえるが、この声は優しい人の声なんかじゃない。


 リカは微かに身震いした。


「君…日本の警察と医療技術を舐めてはいけないね。君は殺人事件の重要参考人だ。あれぐらいで死なせたりしませんよ」


 そして、にこりともせずに名乗った。


「私は久我山といいます。

 まず、君の名前を教えてください」


「霜山リカ」


「霜山さん。あなたは殺人現場で発見されました。

 部屋にはあなたの他に2人の男、1人の女の遺体がありました。

 部屋は血の海で、一体何が起きたのか、誰が何をしたのか。通常の捜査が難しい事案でした。

 そこで、インネルという装置で唯一生き残っていたあなたの記憶に入り、捜査をしました。

 我々は、今あなたが見ていた物、語った事を全て記録しています」


 あまり意味が分からなかったが、私は頷いた。


「若い男の名前は田山雅彦ですか?

 もう1人の男の名前は安田隆、女はその娘で安田千紗」


 私はまた頷いた。

 女とその父親の名前など本当は知らなかったが、警察がそう言うのだからそうなのだろう。

 

 でも、そんな事より頭が重い。

 そっちの方があの女の名前なんかより大事なんじゃないかしら…。


「これから、詳しい検証を進めるが今日はこれで終了です。あなたの身柄はしばらくここで預かることになります。

 何か聞きたい事はありますか」

 

「頭が重い…」


「医師に伝えておきます」  


「…あいつは死んだの?」


「田山雅彦の事ですか?

 はい。死亡が確認されました。薬が効くまで数秒。あなたの記憶によるとあまり苦しまなかったようですね。薬の分析などもこれからです」


「あいつ、死んだの?

 …もういないの?」


 私、あいつとキスしてた。それなのに…

 前の晩にあいつと何回もした。あいつは、いつもよりいい、って言ったのに…


 そっか。あいつ、殺されたんだ。


 その時、部屋の中にある色々な器材が発する警告音が鳴り響いた。


 そして、私の脳内で何かがピンと鳴った。


 あいつ、殺られたの。


 ピン!

 あれぇ?

 うっそだぁ。


 ピン、ピン、ピピン、だってぇ!

 は、は、はっ!ピン!


 ヘェ〜っ! あいつ、もういないの?

 なんで死んだの?殺されたぁ!

 私じゃないよ。

 私は殺ってないよぉ?

 あの女の親父が何か飲ませたんだ。

 だ、だ、だあ!


 ピン!


 だって、あいつがぁぁぁ

 好き!

 愛してる!

 あ、い、してるぅ!

 誰が殺ったの?

 

 だれ?やめて!

 腕が痛いじゃないの!

 なんで注射なんかしてんのよ!

 痛い、いたい、痛いってば!


 ピンピンピン!ピピピピ……


 やめてよ。私に触らないで。

 あいつにしか触らせなぁぁい!


 えっ?私?

 ここで何してるの?


 やめて!やめて!やぁめぇて〜!

 だれかぁ、助けて! 

 たーすーけーてぇー!!






 取調室に霜山りかの叫び声が響きわたっていたが、やがて静かになった。


 久我山警視正は取調室のベッドで眠っている霜山りかを見下ろして、部下の竹下に言った。


「崩壊したな」


「久我山警視正。霜山は事件発生時、既に崩壊してたと思いますが…?」

 

「しばらく眠ってもらい、様子を見るか。

 元に戻ると良いが…まぁ、戻らんだろうな」




 久我山警視正は霜山りかをしばらく見つめ取調室を後にした。


 この捜査方法を改善するために、なにが必要なのか…。久我山の頭の中はその事で一杯だったのだ。


 意識のない者にしか使えないのは、用途に限界があるな。まずは、それをどうにかせねばならん。

 こちらからの問いに答えられる様にしなくては…。

 そのために、データがもっと欲しい。

 必要なのは、データだ!


 久我山はそんな事を考えながら、研究所の奥へと足早に歩いて行った。



 久我山にとって、霜山リカがどうなろうと関係ない。気にもならない。ただデータを集める対象でしかない。


 この捜査方法を確立して警察で上を目指す事こそが久我山にとって大事な事だった。


 部下の竹下はため息をつきながら、そんな久我山警視正の後を追った。






 霜山リカは薬で眠らされたまま病院に搬送された。


 事件の真相は霜山リカの記憶による証言映像で解明され、リカの殺人容疑は晴れた。しかし、リカが元の生活に戻ることはなかった。


 亡くなった安田隆は国会議員で与党の大物である立山誠の私設秘書であったためか、どこからか圧力がかかり事件は大きく報道されることはなかった。


 また、安田が田山雅彦に飲ませた薬をどこで入手したのかも不明のままとなった。


 久我山警視正はモヤモヤとしながらも、上層部からの指示に従い、捜査を打ち切った。



 霜山リカが絡んだ殺人事件はこうして一応の解決となった。




 File 1 : 霜山リカ  Case closed




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