特殊捜査研究所

ゆきおんな

File 1 : 霜山リカ 1


 110番通報を受けてすぐ近くの交番から巡査が駆けつけた時、そのマンションの部屋のドアはわずかに開いていた。


 巡査が中に入ってみると1LDKの部屋の中は血の海と言っていい状態で、中に男女が4人倒れていた。


 1人目は20から30代の男。

 血を吐いたらしく、口から流れ出たモノで辺りは汚れていた。

 

 2人目は20代に見える女。

 背中を何ヶ所も刺されていて、1人目の男に手を伸ばしていた。


 3人目は壮年の男性。

 大きく目を見開き、腹部から血を流していた。


 4人目は若い女。

 頸動脈を切られていて、女の血があたり一面に飛び散っていた。


 その様子を巡査は慌てて署に連絡を入れた。



 4人の内、背中を刺された女は微かに息をしていたため、とりあえず緊急搬送して手術を受けた。


 そして、そのまま事件の真相を探るため、特殊捜査研究所へと送られた。

 

 




 女が運び込まれたのは警察の特別機関である特殊捜査研究所の一室だった。


 部屋は取調室と呼ばれていたが、ICUの様な医療機器が並び医者や看護師などの姿があった。


 そして、まだ開発途中の最新機器を今回の捜査で使うという知らせを受けて、多くの警察幹部もやって来ていた。


 皆は機器の音だけが響く部屋の中で言葉もなく、ベッドに横たわる意識のない重要参考人の女をじっと見ていた。




 最新機器…とは 'インネル' という名前で、ドイツ語の Erinnerung (エアインネルング 記憶) という単語から名付けられたという。

 インネルは人の記憶の中からその人が見た事、聞いた事を映像として記録する事が出来る機器である。


 人の記憶の実写化。


 まだ改良の余地はあるが、ある程度の結果は出していた。


 ただ、意識がある者には使えないという弱点がある。研究者達によると意識が記憶を歪めてしまうらしい。


 そんなインネルを使い、女が発見された殺人事件に関する記憶を確認し調書を取るというのだから、警察幹部が何人も視察と称して研究所にやって来たのだ。


 緊張と期待とが入り乱れた取調室の中は妙な緊張感に包まれていた。



 取調室の中は規則正しい機械音がピッ…ピッ…ピッ…と一定のリズムで響き、少し離れたところにあるインネルのモニタは複雑な波形を映し出していた。


 意識のない女は体中にチューブやコードが付けられていて痛々しい。しかも拘束帯でベッドに縛り付けられている。


 頭にはインネルの情報センサが無数に貼り付けられている。このセンサの信号がインネルに送られ記憶の映像化が実現するのだが、何も知らなければ、ただのゴミにしか見えない。



 ガラス張りの監視室から男の声が聞こえてきた。


「準備が出来ました。始めます」


 女が横たわる部屋の光が落とされ、モニタが鈍く光り始めた。そして、ブーンという不気味な音と共に感情のないデジタル音声が響いてきた。


 バイタル正常。異常なし。

 これから捜査を開始する。


 やがて鈍く光っていたモニタがはっきりとした映像を映し出した。


 監視室にいるこの研究所の実質的なトップ、久我山警視正は隣に座る部下の竹下に声をかけた。


「何年前だ?」

「5年前に遡っているようです。

 あ、モニタが記憶を映し出しました」


 モニタに現れたのは小さな部屋。

 そして、女の声が取調室に流れてきた。






     ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 






 いつもの私の部屋?なんか変。

 どうしたんだろ。目がおかしくなったのかな?

 

 あれっ?雅彦は?あいつ、血まみれだった。あんな顔見たくなかったのに…。


 じゃあ、私だけここに戻って来たっていうこと?まさかね。私も刺されたのに。


 でも、ここって…本当に私の部屋?ちょっと待って。目の前にあるこれはガラス板じゃない?


 もしかして…鏡の中に…いるの?


 あり得ないでしょう! 昨日まで普通だったのに。どうなってるの?


 

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