特殊捜査研究所
ゆきおんな
File 1 : 霜山リカ 1
ICUの様な機器が並ぶその部屋は警察の特別機関である特殊捜査研究所の一室だった。取調室と呼ばれるその部屋には数人の男女がいて、ベットに横たわる意識のない重要参考人、霜山リカをじっと見ていた。
これから霜山リカの記憶を辿り、リカが発見された殺人事件に関する調書を取るのだ。
この捜査方法は始まってまだ日が浅い。
ドイツ語のErinnerung (エアインネルング) 記憶という単語から名付けられた 'インネル' という装置は意識のない容疑者や重要参考人の記憶の中に入り込み、本人が見た事、聞いた事を実写映像として記録する事ができる。そしてインネルに本人が語るという形で証言を取るのだが、ケースは少ないながらも成果を上げている。
緊張と期待とが入り乱れた取調室の中は静まり返っていた。
部屋の中は規則正しい機械音がピッ…ピッ…ピッ…と一定のリズムで響き、少し離れたところにあるインネルのモニタは複雑な波形を映し出していた。
意識のない霜山リカは血の気がない青白い顔をしていた。何時間か前に刺された背中の傷を手術したばかりで体中にチューブやコードが付けられていて痛々しい。しかも拘束帯でベッドに縛り付けられている。
頭にはインネルの情報センサが無数に貼り付けられている。このセンサの信号がインネルに送られ記憶の映像化が実現するのだが、何も知らなければ、ただのゴミにしか見えない。
ガラス張りの監視室から男の声が聞こえてきた。
「準備は出来た。始めるぞ」
霜山リカの横たわる部屋の光が落とされ、モニタが鈍く光り始めた。そして、ブーンという不気味な音と共に感情のないデジタル音声が響いてきた。
バイタル正常。異常なし。
これから捜査を開始する。
やがて鈍く光っていたモニタがはっきりとした映像を映し出した。
この研究所の実質的なトップである久我山警視正は隣に座る部下の竹下に声をかけた。
「何年前だ?」
「5年前に遡っているようです。
あ、モニタが霜山リカの記憶を映し出しました」
モニタに現れたのは小さな部屋。
そして、霜山リカの声が流れてきた。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
私、目が覚めたの?
いつもの私の部屋だよね。なのに靄がかかってるし、少し歪んで見える。
どうしたんだろ。目がおかしくなったのかな?
あれっ?雅彦は?あいつ、血まみれだった。あんな顔見たくなかったのに…。
じゃあ、私だけここに戻って来たっていうこと?まさかね。私も刺されたのに。
でも、ここって…本当に私の部屋?ちょっと待って。目の前にあるこれはガラス板じゃない?
もしかして…鏡の中に…いるの?
あり得ないでしょう! 昨日まで普通だったのに。どうなってるの?
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