第32話 きっかけ

 それから三週間が経過した。


「鱗を纏うイメージ……体全身に……」


 自分の腕が鱗で覆われる姿を想像するが一向にできる気配がない。

 俺は自分の腕をもう片方の腕でかきむしる。


「どうして……! できないんだ! 早く結果をださないといけないのに……!」


 師匠は何もできていない俺を見ても何も言わない。

 それが逆に怖かった。

 才能がないのかも。


 その思いが少しだけ頭をよぎる。

 考えたくなかった。

 この島で、才能がないのなら死ぬしかないからだ。


 いや、違う。


 才能なんて関係ない。

 必ずあの風龍を倒して、俺はこの島を出るんだ!

 俺はもはや想像ではなく、祈りのような気持ちで鱗が生えるのを願った。


 だが、その日も結局鱗が生えることはなかった。


 ◇◇◇


 リオルが日に日に不安になっていく様子を、クロエは静かに見ていた。


(リオルはだいぶん辛そうだな。今まではすぐに成長を感じられたのかもしれない。成長を感じられないことは大きなストレスだろう。もう少し待ってあげたいが……時間はあまりない)


 クロエはずっと悩んでいた。

 まだ子供のリオルに、あれをしてよいのか。


(やはりするしかないか。躊躇してしまうとは……私も甘くなったものだ。だが、ここは地獄。甘やかした分のツケはリオルに来る。私は鬼となろう)


 クロエは静かに覚悟を決めた。

 そしてリオルに試練がやってくる。


 ◇◇◇


 揺れを感じる。

 なんだろう?

 俺が目を覚ますと誰かに担がれていることに気付く。


 えっ⁉

 誰?


「師匠⁉ 師匠ですか⁉」


 俺はパニックになりながら叫ぶ。


「喋るな、舌を噛むぞ」


「どこへ行くんですか? なんでこんな夜中に!」


「もうすぐ着くよ」


 俺が役立たずだから、捨てられるのだろうか?


「師匠、絶対に獣化を成功させますから! だから捨てないで下さい!」


「……耳元で騒ぐんじゃない」


 俺は師匠に口元を塞がれる。

 それから少し歩いた所で、師匠が足を止める。


「なあ、リオル。獣人が獣化するきっかけって何が多いと思う?」


 師匠が俺に尋ねる。

 確か初めての獣化は、霊獣に襲われて死にかけた時だったかな。

 それを思い出した時に、俺は嫌な予感がした。


「お前も心当たりがあるんじゃないか? そう、死の危険に直面した時だ。私の大切な時間を使って訓練をしているんだ。お前に残されたのは早く強くなるか、死ぬかの二択だ」


 師匠はそう言うと、俺を放り投げた。

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