深夜に弟の部屋に侵入するブラコン姉さん

陸沢宝史

第1話

 枕に頭が沈み熟睡していはずだが自室の扉が開く音がして目覚めてしまった。


 既に夜遅く、家族全員寝ているはず。なのに無断で部屋に入ってくるということは泥棒の可能性がある。


 部屋の中に俺が寝ているベッドに向かって静かな足音が着実に近づいてくる。下手に起きてしまえば侵入者が泥棒の場合、危害を加えられる危険性がある。


 ここは寝たフリをしながら様子を見よう。


 左目を薄っすらと開けながら部屋の様子を垣間見る。部屋は真っ暗でタンスなどの家具もはっきりとは見えない。そんな暗闇の中に微かな光が灯っていた。それはスマホ画面の明かりだった。


 侵入者はスマホを片手に静かにベッドの方に確実と向かっていた。


 侵入者が近づくに連れ俺は警戒心を強める。

 侵入者がベッドの側に近づいた途端、俺は相手の正体に気づいた。まさかの人物に俺は急いで上半身を起こし部屋に入り込んだ人物に強く問いかけた。


「なんでこんな夜遅くに姉さんが無断で部屋に入り込んでいるんだ」


 ベッドの側に立っていたのは寝間着らしい服を着た大学一年生で実姉である戸来咲織とらいさおりだった。


「弟の部屋に姉であるわたしが入り込んで悪い?」


 悪びれた様子もなく威圧的な声で姉さんは一個下の俺に反論してきた。表情は見えないが声だけで眉をひそめているのが想像できて怖い。


「ノックもせずそれも寝ているときに入るなんて非常識の塊だよ」


 この姉に反省の余地はない。今の態度には不快感しかないし早々に部屋から立ち去ってもらいたい。


 一先ず部屋も暗いから明かりを確保したいところだがベッドから出なければならない。夜で冷えて入から掛かっている布団を剥がしたくはないが仕方があるまい。


 俺は座ったまま体を動かしつつベッドの縁へと向かう。ベッドの端に着くと足を床に置いてから立ち上がろうとする。けれどいきなり姉さんが前に立ち塞がった。


「どいてく――えっ?」


 姉さんに退くよう要求しようとした瞬間、右肩を思いっきり片手で掴まれてしまった。想像以上に力が強く上手く立ち上がれられない。


「なんでわたしがこんな深夜に部屋に入り込んだか聞かなくていいのかな?」


 圧迫感のある口調が姉さんから尋ねられた俺の心の内側が震え始めていた。明らかに様子がおかしい。いつも弟に対して少し変なときもあるが今日みたいな例は珍しい。


 とりあえずここは姉さんに逆らわずにおくのが賢明だ。


「こんな時間に訪ねてきたり湯は何でしょうか」


 ぼんやりと目に映る姉の顔を苦笑いしながら尋ねさせられる。


 姉さんの機嫌が回復したのか右肩を握る力が僅かに弱まる。


 姉さんはもう片方の手で持っていたスマホを俺の目の前に近づけた。暗闇の中、唯一の光は眩しく、反射的に俺は目を瞑った。目が光になれると目を開ける。


 スマホの画面には笑みを浮かべる私服姿の一人の少年と少女が撮られた写真が表示されていた。少年の名は戸来雅晴とらいまさはる。つまり俺だ。もう片方にいる少女は松代夢まつしろゆめで俺のクラスメートだ。


 写真の場所は実家から電車で数駅離れたショッピングモールの入り口付近だ。写真の二人はカメラの存在に気づいていない。撮影位置は分からないが少なくとも十メートル以上は離れていそうだ。


「なんで姉さんがこんな写真持ってるの」


 俺は写真に釘付けになりながら問いかけた。この場所にいるはずのない姉さんがこの写真を所有していることに俺は度肝を抜かれていた。


「雅晴がわたし以外の女とデートと思って家から着けていったの。それよりなんでわたし以外の女と二人だけで遊んでいるの」


 姉さんの機嫌が勝手に悪くなったのか右手を掴む力は再び強まった。あまりの痛さに「離して」と頼むが姉さんは話すつもりがないらしい。


 姉さんがブラコンなのは把握しているが流石にデートについてくるほどとは思いもしなかった。


「なんで実の姉に誰かと遊ぶことを伝えないといけないんだよ」


 顔を歪ませながら必死に逆らう。いくら姉であっても俺が誰かと遊ぶのを管理されるのだけは勘弁してほしい。誰からここは挫けるわけにはいかない。


「わたしは雅晴の姉。だから雅晴はわたしだけのものなの。いい、わかった?」


 あまりに無茶苦茶の理屈を強引に納得させようとする姉さんに俺は完全に腹を立ててしまった。


「嫌に決まってるだろ。なんで高校生になって姉さんの言うとおりに生きないといけないんだよ」


 俺は右肩を掴まれていた手を払い去った。これだけいえば姉さんも諦めてくれるはずだ。姉さんの行いは少しばかし度を超えている。これから遊びに行く際は姉さんが着いてこないよう対策を建てなければならない。


 手を払いのけて一分程度が経過した。姉さんは黙り込んでしまい、俺は反省してくれたと安堵する反面、言い過ぎたという危惧し始めていた。


「姉さん、もう夜遅いから部屋帰って寝な」


 優しい声で姉にそう促す。

すると急に抱きつかれた感触が体中を巡る。実際顔の側面部分には艶のある髪の毛が当たり、背中側には両腕が回されている。


 いきなり抱きつかれて驚いたが、肩を掴まれたときのような強さはない。腕の力は弱々しく何か不安なことがあって抱きついてきたように思えた。


「姉さんいきなりどうしたの」


 俺は戸惑いながらも姉に尋ねる。すると姉さんは鼻を啜りながらか脆弱な口調で答える。


「わたしは雅晴と一緒にもっといたいだけなの。なの雅晴は勝手に他の女の子と遊びに行くし」


「気持ちは分かるけど、だからといってストーカーしたり、弟の行動を束縛するのは駄目だと思うよ」


 姉さんの本音に内心では微笑ましく感じていた。けれどストーカーといった迷惑行為は止めてほしかった。


「だったらもっと遊んでよ」


 姉さんは甘えるような声で俺にせがんでくる。俺は片手で頭をかきながら少し考える。


 ここ一週間ほど姉さんとは映画を見て、家ではゲームしたり、勉強を教わっていた。正直一般的な姉弟より交流時間は多いと思う。


「姉さん言いにくいけどさ、俺らかなりの時間一緒にいると思うんだけど。まだ満足じゃないの」


「それは……」


 図星を突かれたかのように姉さんは急に言い淀んだ。姉さんと一緒に過ごすのはいいけど何事にも限度はあるものだ。


「ほら、姉さんも納得したなら早く部屋に帰って」


 俺は姉さんの頭を軽く叩きながら促す。姉さんの髪はさらさらしていて手入れに手間をかけているのがわかる。俺の髪質はそれほどよくないので羨ましいばかりだ。


 姉さんが腕を解いてくれた。俺はようやく一眠りできると一安心していた。けれど鼻が触れ合うような距離で姉さんの顔が突如として現れる。


 いきなりの展開に俺は「うお」とくぐもった声で驚いてしまう。


 すぐに心に冷静さが戻る。この新距離ということもあり姉さんの顔が暗闇の中でもよく分かる。姉さんの目は異議を訴えたいような眼差しをしていた。今更何を告げら得るんだと俺は身構えていると姉さんの口が小さく開いた。


「わたしがブラコンになった原因雅晴に原因あるんだけどそのことはどう思うの?」


「俺に?」


 困惑しかない姉さんの主張に俺は心当たりを探す。確かに昔から俺たち姉弟はよく一緒にいる。けれどそれはあくまで姉弟仲がいいだけで俺としてはそれ以外の原因はないように思えた。なのにブラコンになった原因が俺にあると主張するのは筋違いだ。


「別に姉さんが勝手にブラコンになったんだろ」


 暗闇の仲目の前に姉さんがいるという状況に変な緊張感を覚えながらも姉さんの主張を否定する。


「一つ聞きたいけどこの前の映画に誘ったのどっちだっけ?」


「俺だけど」


 姉さんに質問に俺は淡々と答える。


「ならよくわたしの部屋に来る理由は?」


「姉さんとゲームしたいから」


 この質問に対しても迷いなく言葉を返すと姉さんから「はあ〜」という嘆息が聞こえた。あまりに深刻そうな嘆息に俺は質問への回答におかしなところがあったか確認する。けれどそのような点はなかった。


「俺の回答まずいところあった?」


「だいたいわたしたちが二人だけで行動するときって雅晴から誘ってるの。弟からそんな頻繁に誘われたら嫌でもブラコンになるわよ」


 姉さんは愚痴を零すようにそう指摘すると頬を膨らませた。姉さんの話を受けて俺はもう一度小さい頃からの姉弟関係が改める。そういえば小学校に上がったときから俺の方から姉さんに遊びの誘いを持ちかけていたことが多かった気がする。


 俺としてはそれが自然だったので今まで特別意識しなかった。


「そういえばそうだった気がする」


「自分からわたしをブラコンに仕立て上げておいて、何の責任も撮らないなんて最低」


 姉さんの怒った言葉を耳にして心に穴が空いたような衝撃に見舞われる。こんな気持ちを抱くなんて俺も相当シスコンだったようだ。とりあえず姉さんに詫びよう。


「俺が悪かった。だから機嫌直して」


「なら当面わたしの許可抜きに他の女の子と遊ばないこと」


 姉さんから和解条件は厳しいものあったがシスコンだと自覚した状態では拒みづらかった。


「わかった。それでいいから許して」


「なら約束はちゃんと守って。それじゃおやすみ」


 姉さんは最後に機嫌良さそうな声でそう語ると部屋から出ていった。


 姉さんが部屋から出ていった後俺はベッドに仰向けになるとお詫びに新しく出来たカフェにでも誘うと思いながら眠りに着いた。

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深夜に弟の部屋に侵入するブラコン姉さん 陸沢宝史 @rizokipeke

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