バスケの神様

畝澄ヒナ

バスケの神様

僕の通う高校には、バスケの神様がいるらしい。でも僕は、その神様に見放されてしまったみたいだ。


次のキャプテンを決める模擬試合を一ヶ月後に控えた僕は、今日の練習試合で思い切り捻挫した。それはドリブル中に、同級生の寺尾ショウヤとぶつかってこけたからだった。僕にはやっぱり向いてないのかな。キャプテンはショウヤに任せよう。


ボールを片付けようと、左足を気遣いながら体育館倉庫に入ろうとした時、ショウヤと同級生二人がこそこそと話しているのが聞こえた。


「全治どれくらいだろうな、タイシのやつかわいそ」


「お前はぶつかったけど大丈夫なのかよ」


「あ、俺? 大丈夫大丈夫。あれわざとだから」


僕は耳を疑った。わざとだって?


「争う相手は少ないほうがいいだろ? 俺どうしてもキャプテンになりたいからさ」


「わざとって、どういうことだよ」


僕は我慢できず、ショウヤたちの会話に乱入した。


「なんだ聞いてたの。まあ、事故だって。そんな怒んなよ」


少しはねた茶色の髪をいじりながら僕をあしらうショウヤ。


「さっきわざとだって言ってたじゃないか!」


「じゃあ、証拠あんのかよ」


僕は何も言い返せなくなった。確かに証拠がない。証拠があったとしても、僕の怪我が治るわけでもない。ショウヤは僕のさらさらとした短い髪を掴んで顔を近づけた。


「証拠もないのに言いがかりつけんなよ」


「こんなのでキャプテンになって嬉しいの?」


僕の最後の反論だった。その瞬間、ショウヤは僕をそのまま後ろの跳び箱に押しつけた。


「もう一回言ってみろ。今度は歩けねえようにしてやる」


僕は覚悟した。もうバスケはできなくなるかもしれない。その時だった。


「おい、コーチがこっちに来る」


同級生の一人が慌ててショウヤを制止した。


「ちっ、しょうがねえ」


僕は解放され、ショウヤたちは体育館を後にした。


「加藤、怪我は大丈夫なのか?」


何も知らないコーチが僕の怪我を心配してくれた。


「コーチ、僕、キャプテンには……」


「まだ結果は出ていない、やれることをしっかりやれ」


コーチはそう言うと外へ歩いて行ってしまった。その後ろ姿に頭を下げ、僕も体育館を後にした。僕はまだ、諦めちゃいけないみたいだ。


その後病院へ行き、全治一ヶ月と宣告された。足に負担がかかることは絶対にしないように、と念を押され、部活にもドクターストップがかかった。


 


毎年キャプテンを決める模擬試合はこの高校のバスケ部員だけで行い、三年生をリーダーとしてチームが作られる。今年の部員は二十八人、三年生は僕を含めて四人だ。四チームでトーナメントをして勝ったチームのリーダーがキャプテンになれる。


翌日から参加できなくても部活に行った。ドリブルもシュートの練習もできない。でもコーチに言われたとおり、今の僕にやれることを必死に探した。


一日一日と時が過ぎていく中、足は治る気配もなく毎日痛いだけだ。ショウヤはそんな僕を毎日からかってくる。


「参加しねえの? あ、参加できねえのか。失礼失礼」


包帯が巻かれた僕の足を見ながら、ショウヤはにやっと笑って練習に戻っていく。僕はそれが悔しくてたまらなかった。


このまま負けちゃうのかな。焦る気持ちばかり前のめりになって、僕はまだ何も行動できないままだった。


「先輩? 先輩!」


声に気がついて前を見ると、模擬試合で同じチームの二年生たちが立っていた。


「先輩、何してるんすか」


「何って、見学……」


「なんで俺たちに何もアドバイスくれないんすか。ずっと見てるだけなんてひどいっすよ」


二年生たちは不服そうな顔で僕を見つめる。二年生たちの後ろを見ると、同じチームの一年生たちも、遠くから僕のことを見つめていた。


「僕に教えてあげられることなんてないよ。みんな十分上手いし……」


「何言ってるんすか、このチームは加藤先輩がリーダーなんすよ? 先輩のプレースタイルを教えてくれないとどうしようもできないっすよ」


そうだった。このチームはキャプテンを決める模擬試合のチームで、僕がリーダーなんだ。僕が引っ張ってあげなきゃいけなかったんだ。


「今までごめん、気づかせてくれてありがとう。今からでもこんな僕についてきてくれるかな」


二年生たちのこわばった顔が一気に笑顔になった、


「もちろんっす! 俺たち頑張るんで、模擬試合、絶対勝つっすよ!」


「うん!」


僕はバスケの本質を見落としていたみたいだ。まだ二十日ある、このチームにふさわしいリーダーにならなくちゃ。




模擬試合当日、治った足で堂々とコートに立つ。後輩たちのためにも頑張らないと。


試合はトーナメント制で一チーム五人。チームの配分は三年生がリーダーとして一人、二年生が二人、一年生が二人、ベンチに二年生と一年生が一人ずつ待機という形だ。通常どおり一試合クォーター十分が四回の四クォーター制で行う。


「タイシ、無理しなくてもいいんだぜ? どうせ俺が勝つんだから」


ショウヤは相変わらず僕を挑発してくる。そんなの、やってみなきゃわからない。一回戦はそれぞれ別の同級生との試合だ。


まずショウヤたちの試合が始まった。高身長でスピードもあるショウヤは、相手チームをすり抜け、一人でどんどん点を決めていく。二年生たちはショウヤにパスを回し、一年生たちはディフェンスに専念している。


僕は違和感を覚えた。相手チームが明らかに手を抜いている。ショウヤが手を回したのだろうか、そんなのは正々堂々でもなんでもない。コーチも見ていて気づいたらしく、大きなため息をついていた。


第二クォーターと第三クォーターの間の休憩ハーフタイムの時、ショウヤと相手チームのリーダーが話しているのが聞こえた。


「大丈夫大丈夫、お前のことちゃんとコーチに推薦しといてやるから」


「やっぱショウヤは頼りになるな」


なんだよそれ、何が楽しいんだよ。一生懸命なのは僕だけじゃないか。こんな茶番に付き合っている後輩たちも可哀想だ。


点差五十点でショウヤのチームが勝利した。ハーフタイムに入った時点で既に点差は二十点、楽しんでいるのは両チームのリーダーだけだった。


僕たちの一回戦が始まった。こっちのチームにも手を回したのか、やたらと僕にぶつかろうとしてくる。一瞬だけベンチにいるショウヤを見ると、にやにやと笑っていた。徹底的に僕を潰すつもりらしい。危険を感じた僕は第二クォーターでベンチの二年生と交代した。


「なんだよ、諦めたのか? 後輩に丸投げなんてみっともねえな」


ショウヤになんて言われようと関係ない。


「見ていればわかるよ」


ショウヤは舌打ちをしてどこかへ行ってしまった。僕はショウヤと違って後輩たちを信じている。絶対に大丈夫だ。


ハーフタイムが終わり第三クォーター終盤、まだ両チームとも点は入っていない。その様子を見ていたショウヤが呟いた。


「なんで一点も入らねえんだよ、一年と二年だけのチームだぞ?」


確かに相手チームはがんがんに攻めてきていて、しかも僕は依然としてベンチにいる。経験値で言えば不利かもしれないけど、バスケはそれだけじゃない。


第四クォーター残り三十秒、二年生のスリーポイントシュートが決まり、一対三で僕のチームが勝利した。


「なんだ、勝ったのか。しょうがねえから俺が直々に潰してやるよ」


ショウヤは後輩たちにも挑発していた。僕は怯える後輩たちに歩み寄った。


「大丈夫、気にすることはないよ。絶対に勝とう」


僕とショウヤの対決がついに始まった。開始五分、ショウヤは僕たちのプレースタイルに気づいたようだ。だけどお構いなしに攻めてくる。


僕たちの実力はほぼ互角だ。一点入れば取り返す、その繰り返しで同点のままハーフタイムに入った。


ショウヤが勝ちを確信したかのように、僕に話しかけてきた。


「守ってばっかじゃ勝てないぜ? 実際取り返すので精一杯みたいじゃねえか」


もう気づかれている。僕たちのプレースタイルは「守り」だ。それに対してショウヤのプレースタイルは真逆の「攻め」と言えるだろう。でもショウヤに勝つには、同じじゃだめなんだ。


「まだ終わってない。これが僕のやり方なんだ」


「口だけは立派だな。まあ、勝手に足掻いてろよ」


第三クォーター開始五分から徐々にショウヤのチームが押しはじめた。そして二点差のまま第四クォーター残り三十秒、僕はシュートをしようとしていた。目の前にはショウヤがいる。


「打てねえだろ? お前小さいもんな」


至近距離でディフェンスをしてくるショウヤ。確かにこれでは打てないし、もしこの距離で入ったとしても一点差で僕らの負けだ。


僕はシュートの構えをした。ショウヤがそれに反応して手を伸ばす。それを確認した僕は瞬時にかがみ、回れ右で後ろにパスをした。


「お前、何して……」


ショウヤが驚いた声を出す。


「打て!」


スリーポイントエリアで待機していた二年生がシュートを打つ。ブザーの音とともにゴールに入る音が体育館に響き渡った。


二十五対二十六で僕らのチームは優勝した。




試合終了後、体育館の隅でショウヤが僕を怒鳴りつけてきた。


「なんでお前がシュート打たないんだよ!」


「バスケは一人でやるものじゃない、だから僕はあえて後輩に託したんだ」


僕の言葉にショウヤは下を向いて拳を震わせていた。そして小さなため息をつき、ぼそぼそと語り出した。


「俺はキャプテンにならなきゃいけない、父さんも兄さんもそうだったから。俺だけ出来損ないなんて嫌なんだよ」


それはショウヤの本音だった。それを聞いたコーチがショウヤと僕の肩に手を置いて言った。


「キャプテンは一人なんて誰が言ったんだ、二人でやればいいだろう。お前の兄の時もキャプテンは二人いた」


初耳だ。僕はショウヤと顔を見合わせた。


「一緒にやろうよ、キャプテン」


「お、俺は別に構わねえけど」


後輩たちから拍手が湧き起こり、歓声と賛成の声が上がる。


バスケの神様は、僕たちを見放さなかったみたいだ。

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バスケの神様 畝澄ヒナ @hina_hosumi

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