ep4. いつか焦がれていたモノは、気が付けば掌にあったりする。

36. 最終作戦会議


 アカツキ花火の当日、時刻は午後二時ごろ。


 観光客によってアカツキ市の人口密度は普段の数倍に晴れ上がり、大通りは既に歩行者天国として封鎖されている。


 僕たち怪盗団の面々と藤宮さんは、イベントステージ付近の小さな公園に集まっていた。


「それじゃ、最後の作戦会議を始めるよ」


 会場図が描かれたルーズリーフの上で、僕らは顔を見合わせる。


 アカツキ花火のイベントイベントステージ、実はそこそこデカい。芸能人や歌手を呼んで催し物をするので、小学校の体育館のステージほどのサイズはあるのだ。


 例年、観客席はステージ正面に半円型でパイプ椅子設置されている。


「まず作戦開始の時は、楪はイベントステージ観客席の後方で待機。僕と茅野センパイ、藤宮さんは客席の最前席で待機する」


 ルーズリーフに、僕らの名前が書かれた消しゴムを置いていく。


 ……。


 それから、十分ほど後。


「と……作戦の全容はこんな感じかな。何か質問はある?」


 バイト終わりに、何度も皆で練ってきた作戦。

 しかし幾ら綿密といえど、本番にはどんなイレギュラーが発生するか分からない。


 楪が、小さく手を挙げた。


「そういえば幸太郎。私たち、怪盗団なら予告状とか送らなくてよかったんですか?」


 僕は無言で頷く。もちろんだ。


 このミッションで僕は公衆の面前で怪盗として名乗りを上げ、自称名探偵の藤宮さんに捕まる。そんな赤っ恥なんて、出来るだけ注目されない方がいいに決まっている。


 すると応えるように、横に立つ藤宮さんがドヤ顔でサムズアップ。


「大丈夫! 予告状なら、あたしが作って運営員会に送っておいたから!」


 マジで何してんだコイツ。


 僕は藤宮さんを引っ叩きたくなる右手を必死に抑え込む。


「とういか柏くん」


 ニマニマと煽る藤宮さんは、僕の方を振り向いた。


「ちゃんと怪盗っぽい服装は用意してきたのかな?」

「う……一応、用意したけど」


 用意はした、したのだが。


 数時間前の僕を、こんなに怨めしく思ったのは人生で初めてだ。


「家を出る前に試しに着てみたら……安物だからか、一回脱ぐと破れちゃいそうで」


 さすがにジョークグッズ。

 良くも悪くも、定価五〇〇円は伊達じゃない。


「こーたろ、いまも怪盗のふくきてるの?」

「まぁ……そうですね」


 僕は若干蒸れたオーバーサイズのジャンパーを襟元から軽く仰ぐ。


 暑いが、脱ぐ訳にはいかない。いかにアカツキ花火と言えど、怪盗が歩いていたら確実に浮いてしまう。


「どれどれ、見せーて!」

「あ、ちょ! 藤宮さん!」


 藤宮さんが、僕のジャンパーの正面ジッパーを勢いよく下げる。


 するとその瞬間。ふわりと風が吹き、下に着た真っ黒なタキシードが露になった。


「「「お、おぉー!」」」


 三人娘が同時に声を挙げる。……なんだそのリアクション。


 このタキシード、外見だけは案外クオリティが高い。胸元に仕込まれた白ハンカチや小ぶりな蝶ネクタイは、まさに漫画の怪盗そのものである。


 そう、あくまで外見だけは。実際、着てみると素材は粗悪だし肌にチクチクする。


「かいとーっぽくて、かっこいー!」


 キラキラと目を輝かせる茅野センパイ。かわいい。


 ……この夢見る幼き少女の輝きを見れてただけで、タキシードの元は取れたかもしれない。


 待って、この人先輩だな。


「幸太郎……写真、撮ってもいいですか?」

「うん絶対ダメ」


 なんか楪、ちょっと目が怖い。はぁはぁ言ってるし、鼻血出てる。


「うんうん、いーじゃんいーじゃん! 怪盗っぽいじゃん! 似合ってるよ、柏くん!」


 満面の笑みで、藤宮さんがバシバシ背中を叩いてくる。


 ちなみに僕の目は死んでいる。マジで全然嬉しくない。バイトの制服は似合わないのに。


「……もういい? ジャンパー着るからね」


 はいそこ、撮ろうとしない。


 何とも締まらない雰囲気の中、僕はタキシードの襟を正す。


「そうだ、楪と茅野センパイにはコレを渡さなきゃ」


 危ない、すっかり忘れていた。僕は持ってきていたリュックから、二つのお面を取り出す。


「僕たち怪盗団は正体を隠すため、変装して行動すること。念のため着けてみて」


 差し出したお面を、楪と茅野センパイが物珍しそうに受け取る。


「これは……ハリネズミですか?」

「おー。わたしはレッサーパンダだー」


 さっき出店で適当に買ったので少し変わり種だが、用途に問題はない。


 要は怪盗団の協力者として、顔が割れなければいいのだ。幸いアカツキ花火では、お面を着けていても違和感は薄いだろう。


「二人とも、ミッション中はお面を外さないこと。絶対に素顔は見られちゃダメだからね」


 受験を控えている茅野センパイは、万一があっても垣根を残すわけにはいかない。


「楪は、これも」


 特に、元人気子役の楪は要警戒だ。


「これは……男性用の服ですか?」


 手渡したのは、体格の隠れやすい黒スキニーとビッグTシャツ。


 バイト中のナンパの実例もあるし、正体がバレればネットニュースにでもなりかねない。


 楪の変装は、性別を偽るくらい慎重で丁度いいだろう。


「幸太郎、これは……?」

「僕の私服。数回しか着てないやつだから、それでよければ。髪も結えば帽子で隠せると思う」


 突如、ボッと沸騰する様に楪の顔が赤くなる。


 しまった……やはり人の私服、特に元カレなんて抵抗があるか。


「ごめん、やっぱ嫌だった?」

「べ、べべべべつに気にしてませんよ? ……すん」


 なんで嗅いだ? ねぇなんで匂い嗅いだの?

 臭い? 臭いの? 泣いていい?


 すると、いつの間にか滑り台に座っていた藤宮さんが、どこか不満そうに呟く。


「……なーんか、あんまり怪盗団っぽくないね」


 こら藤宮さん。文句言わない。

 確かに傍から見たら、お祭りに浮かれる姉妹だけど。お面までつけてるし。


「楪と茅野センパイと楪は、あくまでサポート役だから。ほら、怪盗に協力する正体不明の怪盗助手とかカッコよくない?」

「確かに! かっこいいかも!」


 途端にパッと目を輝かせる藤宮さん。

 よし、チョロくて助かった


「怪盗としてステージ上に立つ僕も、このお面付ける。ほら、怪盗団っぽいでしょ」


 僕はバックからドミノマスクを取り出し、着けて見せる。


 本来は目元以外は隠せないドミノマスクだが、大仰についた赤羽の飾りやトランプの模様でほぼ顔全てが隠れるのだ。


「おー! 意外と似合ってるじゃん、柏くん!」


 ぜんぜん嬉しくない。いやマジで。


「柏くん」


 滑り台をすーっと滑った藤宮さんが、軽く握った拳を僕へと差し出す。


 悪戯を思いついた小学生男子の様な、はにかむ笑顔で。


「頑張ろうね」


 …………。


 深く、深く落ち着くための深呼吸。


 怪盗団のターゲットは、巨大クリスタル【アルタイルの涙】。


 舞台になるのは、アカツキ花火のイベントイベントステージのど真ん中。


 ……このミッションは、名探偵になりたい藤宮さんを満足させるためのミッションだ。


 つまり名探偵が現れる瞬間まで、宿敵である怪盗(僕)を如何に演出するかがカギになる。


「……それじゃ、作戦会議は以上」


 僕は拳を、確かめるように藤宮さんへと返した。


「二十時に、イベントステージで」



 ――――怪盗団、最初で最後のミッションスタートだ。

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