35. 正体バレ展開ってアツいよね
……マジで?
「マジマジ」
待て待て待て待て。
そういえば、前に楪とフードコードで食べた時、妹について話していた気がする。
確か、妹が両親と大喧嘩して、楪のアパートに家出してきた。
……とか、なんとか。
僕の背から滝の様に流れる冷汗。たぶん人生で最速の瞬き。
ととととりあえず、何か話題を。
「な、渚ちゃんはどうしてこのお店に?」
「渚、今日の占いでラッキーアイテムがカフェだったんだよ。だから折角なら姉さまのアルバイトしてるお店に行こーって思って。そしたら、こうしてお兄さまと会えるんだからラッキーだったな」
「そ、そうなんだ……」
……元カノが働いているカフェで、元カノの妹と相席。
客観的に見て、社会体がヤバすぎる。何かしらの法に触れている可能性が高いぞ、僕。
「さて、お兄さま。ジュースでも注文して、渚とハートのストローで飲む?」
飲みません。絶対に飲みません。
というか、なんで僕のことお兄さまなんて呼んでくるんだろう。
社会体を守るため心を無にしていると、渚ちゃんが突然、手筒を叩く。
「あ、そうだ。渚、ちょっとお花詰んでくる」
「どどど、どうぞ。いってらっしゃい」
席を立つ渚ちゃんの背を見送り、ほんの少しの安堵感が訪れる。
可能ならそのまま帰ってくれ。
……頼む、マジで早く来てくれ戦士ナギ。
幸太郎の席を離れ、死角となった場所。出雲崎 凪はスマホを取り出した。
渚は先までの爽やかな表情ではなく、淡々と画面をタップする。
誰が見ている訳でもないので、表情を取り繕う必要がなくなったからだ。
(……それにしても、どうしてお兄さまがあの席に座ってるんだろ?)
お兄さま、柏 幸太郎。
それは渚にとって、一方的に良く知る人物であった。
姉の楪が交際していた間、嫌になるほど惚気話を聞かされたからである。
幸太郎と何処に出かけたとか、どんな事をしただとか、丁寧に写真付きで。それはそれはウンザリするほどに聞かされた。
その甲斐あってか、渚は喫茶ハコニワに入店してから「あ、柏 幸太郎」と一目見て気が付いてしまったのだ。
だからこそ、渚に灯る違和感。
なぜなら、その席には。
(もちもち柏マンが座ってる筈なんだけど……)
―――――ニューラグーンオンライン廃課金プレイヤー、戦士ナギ。
本名、出雲崎 渚。
ネトゲ中毒の大学生でもなく、暇なニートでもない。小学生で十一歳の女の子。
姉の楪と同様に、両親からの仕事漬けに嫌気が指し、家出してから早数カ月。
楪の部屋に転がり込んでは、我が物顔で住み着いていた。
小学校は遠くなったものの、幸い芸能活動で稼いだ貯金は十分に(楪ほどではないが)ある。
登下校はタクシーを使い、姉のアパートの一室には勝手にネトゲ環境を構築。
貯金は惜しまずネトゲに課金し、学校以外の時間は基本的に戦士ナギとしてネトゲに入り浸るなどやりたい放題である。
(とりあえず、柏マンに連絡だけ入れておこっと)
アカウントを、常用の『出雲崎 渚』から『戦士ナギ』へ切り替える。
『柏マン、見当たらないんだが店内にいるか?』
と、慣れた手つきでスマホにフリック入力。
(……これで送信、っと)
――――チャラチャ、チャチャチャーン。
聞き馴染のある音が、渚の壁向こうから聞こえた。
ニューラグーンオンラインのレベルアップ音声である。
怪訝に思った渚が、壁から小さく覗き込む。
視線の先では、着信に驚いた柏 幸太郎がスマホを空中で何度もキャッチしていた。
(……まさか)
訝しみつつ、もう一度。
『戦士ナギ』のアカウントで、もちもち柏マンにスタンプを送る。
――――チャラチャ、チャチャチャーン。
柏幸太郎のスマホから、再び鳴り響くレベルアップ音。
またも、熱した鉄塊の様にスマホをお手玉する柏 幸太郎。
渚は小さく嘆息し、手元のスマホで口元を隠す。
(……ふーん。ふーん)
それから、渚の小さな口端がにんまりと吊り上がった。
(渚……もしかして、おもしろい事に巻き込まれてる?)
出雲崎 渚は、とても聡い小学生であった。
ネトゲのもちもち柏マンと、姉の元カレが同一人物であると気が付いてしまう程に。
(計画、変更しよっと……)
再び、戦士ナギのアカウントでメッセージを作成。送信。
『わりぃ柏マン、ちょっと急用でオフ会いけなくなっちまった』
渚は、戦士ナギともちもち柏マンではなく、出雲崎 渚で柏 幸太郎に接触する事にした。
だって、そっちの方が面白そうだから。
渚はスマホをポーチにしまい込み、ご機嫌な足取りで柏 幸太郎の座る席へと戻る。
「待たせた、お兄さま」
「ウェ⁉ う、うん」
その姿を認めた瞬間、またも幸太郎がブルリと小さく震えあがる。
と、その瞬間。
「ひっ!」
ズドン! と鈍い音と同時にお冷が卓上に叩きつけられた。
幸太郎から、あまりに情けない声が漏れる。
「……ご注文をどうぞ」
出雲崎 楪がギロリと幸太郎を睨みつける。
メニュー表とお盆を持っているので、オーダーに来たらしい。
「ゆ、楪?」
「お姉さま、お仕事おつかれ」
楪は驚き半分呆れたような視線で渚に向け、小さく嘆息。
そしてまた、楪の冷めた目が幸太郎を貫く。
「どうして、幸太郎と渚が一緒にいるんですか」
「ふふふ。実は渚、この素敵なお兄さまからお茶に誘われて」
幸太郎を穿った楪の視線が、ついには氷点下に達する。
「……は?」
「な、渚ちゃん⁉」
楪の手に持ったお盆が、金切り音を立てて軋み始めた。
「なーんて、冗談だよ。ね、お兄さま」
「じょ、冗談だから! 渚ちゃんの冗談だから落ち着いて!」
渚は姉の楪の事が大好きだ。美しい姉妹愛ではなく、音の出るおもちゃ的な意味で。
小さく、楪のため息。
「渚も芸能人としての自覚を持ってください。外出の際には変装は忘れない事とあれほど言ってるじゃないですか」
反射的に渚は「渚と比じゃないネームバリューなのに、お姉さまはカフェでアルバイトしてるじゃん」と言いそうになったが口を噤んだ。渚は、とても聡い子である。
「別にいいでしょ? どうせそのうち渚の義兄さまになるんだろうし」
「ちょ、ちょっと渚っ! なに言ってるんですか!」
突拍子もない渚の発言に、楪が耳まで一気に朱に染まる。
「渚のおにいさま?」
発言の意図が理解できないのか、幸太郎が何度か瞬きする。
そして逡巡の後に、はっと両目と口を開いた。
「多分だけど、僕と渚ちゃんの両親は別人だよ……?」
柏 幸太郎という人間も大抵だな。と不覚にも渚は思った。
「まったくもう……幸太郎、待ち合わせしていた人って渚の事だったんですか?」
「あ、いや違うよ。ほんとはゲームの知り合いと待ち合わせしてる筈だったんだけど……」
ニューラグーンオンラインのオフ会をどう説明したものか、と幸太郎が身振り手振り。
それを見て渚は、不意にもちもち柏マン(柏 幸太郎)のチャットを思い出す。
『ある人と会話してると、いきなり怒ったり喜んだり様子がおかしくて』
『ま、まぁ普段はどちらかというと落ち着いているというか、最近になって様子が変になりはじめたんですよ』
渚は、もちもち柏マンから聞いた、その挙動不審ぶりに覚えがあった。
それはまるで、高校入学直後の姉の様な……。
「渚? どうかしましたか?」
頭を抱えた。
(お姉さま……まだ、吹っ切れてなかったの)
やはり、出雲崎 渚は聡い子であった。
出雲崎 楪と柏 幸太郎。本当に、どっちもどっちである。
(もう、本当に……)
手の焼ける姉だ、と心の底から項垂れる。
素直じゃなくて、面倒くさくて不器用なのに。誰より頑張り屋で一途で不器用な姉だ。
「お姉さま……」
ちょいちょい、と手招き。渚は姉の耳元に耳打ちする。
「渚、もっと攻めたアプローチをしないと気が付かれないと思う」
「な、何のことですか!」
仕方がない、不器用な姉の恋路を整えるとしよう。なんて思いながら、渚は甘酸っぱいオレンジジュースを口に含む。
渚は姉の楪が大好きだ。
それは決して、美しい姉妹愛的な意味ではない。とは、言い切れないのかもしれない。
◇◇◇◇◇
やや深夜に噛んだ頃、自室。
僕――――柏 幸太郎は今日も今日とて、ニューラグーンオンラインに勤しんでいた。
『クリティカル・シャドウ!』
『ペルセウス・マジックヒール!』
今日も戦士ナギはログインしておらず、僕はイブキちゃんと二人でボス戦へと挑んでいた。
あの廃プレイヤー戦士ナギが連日非ログインなのは本当に珍しい。
オフ会に来られなかった急用ってやつが長引いている……のかも。
「あ、やべっ!」
他念していた僕はボスのモーションを見落とし、攻撃を正面から受けてしまったのだ。
倒れ込むモチモチ柏マンからポリゴンが爆発し、死亡ログがチャットに流れる。
BGMが止むと共に、ディスプレイには『ミッション失敗』の赤文字が大仰に表示された。
『珍しいですね、もちもち柏マンさんがデスするなんて』
『あちゃー……面目ない』
ハッキリ言って、ネトゲに全然集中できていない。
スキルの発動に失敗し続けるわ、いつもは楽勝のボスに負けるわと踏んだり蹴ったりだ。
『もちもち柏マンさん……コントローラでも変えたんですか?』
『そゆ訳じゃないんだけどさ……ごめん、イブキちゃん。ちょっと心配事があって』
明日はアカツキ花火。
つまり、宝石【アルタイルの涙】を狙う怪盗団としてアカツキ花火のイベントステージに乗り込む日。……そして、公衆の面前で藤宮さんに捕まらないといけない日。
思考の端でそのことばかりチラついて、常に薄っすら緊張している。
『わたしに出来る事があったら、何でも言ってくださいね?』
おろおろ、とイブキちゃんが困り顔。かわいい。
『ありがとう、頼りにさせてもらうよ』
怪盗団として最悪の場合は、藤宮さんが満足しなかった場合だ。
万一、あの頭のお団子を荒ぶらせながら「全然ダメ! もう一回、怪盗団だよ柏くん!」なんて言われた日には、僕は間違いなく失神するだろう。
つまり僕は明日、藤宮さんが最高の名探偵になるために、藤宮さんの思うカッコいい怪盗団として颯爽にステージに現れ、可憐に捕まらなければならない。
「なんだそれ」
わかる訳がない。なんだ、藤宮さんの求めるカッコいい怪盗って。
『もちもち柏マンさん!』
イブキちゃんのチャットを見て、僕はハッとした。
気が付いた時には、画面はサル型モンスターの吐くビームで埋め尽くされている。
頭部に装備した柏餅装備が焦げていく特殊演出を、僕は力なく見つめる他なかった。
「なんでこんな意味わかんない演出あんだよ……」
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モチベーションも爆上がりし、とても執筆の励みになるので是非ともお願いいいたします!
まだまだ続きますので、是非とも本作にお付き合いいただけると幸いです!
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