37. VRとゴーグルの向こう側

 僕が右手を挙げれば、鏡の中の茅野センパイもズレなく右手を上げる。

 動きは完全にシンクロしており、僕の外見は茅野センパイである。


「おおおおおぉ!すっごーい!」


 隣から嬌声が響く。

 見れば、そこには自身の顔をペタペタと触っている楪の姿。


「藤宮さん、完全に楪の見た目だね」

「その声、柏くん⁉えぇー、完全にかやちゃんセンパイじゃん!」


 驚くその細かな表情まで完全に楪そのままだ。

 最新技術、マジですげぇな………夢が膨らむ!


「確かにこのレベルまで行くと、デジタル変装と呼んでも過言じゃないのか……」

「ちょ、ちょっと待って柏くん……っく」


 藤宮さん(楪の見た目) の肩が、小刻みに震える。

 普段は絶対にありえない、キリッと凛々しい表情のまま僕の声で話す茅野センパイが笑いのツボに入ったらしい。


「っふ……あははは!おもしろすぎ!」


 お腹を抱えて笑い転げる藤宮さん(楪の見た目)。


「ふっくくっ………そ、それを言ったら藤宮さんだって」


 目の前に立つ楪のギャップに思わず、吹き出しそうになる。


 こんなにハイテンションで目がキラッキラに輝いてる楪、初めて見た。藤宮さんが中身のせいか、普段は凛とした楪が急激に頭が悪そうに見える。

 作画会社変更なんてレベルじゃない。キャラデザから変わってない?大丈夫これ?


「本日、体験の御記念に、仮想空間上の写真を何枚かプレゼントしております。よろしければいかがでしょうか?」


 ゴーグルの向こう側から、説明をしてくれたお兄さんの声が聞こえた。


「はい、お願いします!」


 間髪入れず、藤宮さんが即答する。


「では。カウントの後、撮影しますのでポーズを取ってください」


 うーむ、折角かわいい茅野センパイの見た目になってるんだ。

 ここは最高に可愛い写真を撮らなければ……茅野センパイに失礼なのではなかろうか。


「では行きますね。3……2……1……」


 パシャリ、とサウンドが鳴る。


「はい、お写真こんな風に撮れました」


 ウィンという音共に、仮想空間にモニターが出現する。


 ギャルピース楪(藤宮さん)の隣に、可愛らしくウインクする茅野センパイ(僕)。

 うん。楪が美人なのは流石だけど、茅野センパイの可愛さもかなり驚異的である。


「お、柏くん、このポーズ可愛いじゃん!」

「でしょ?藤宮さん」


 わかるか藤宮さん。可愛いよなこのポーズ。僕の推しがソシャゲでやってた。


「柏くん、もっとかやちゃんセンパイの可愛いポーズしてみてよ!」


 おっと……ご希望とあらば仕方がない。


 ネトゲ、アニメ、ラノベ・漫画、エトセトラ……。

 あらゆる可愛いを追求したキャラ達を見つめてきた僕の知識が、今こそ役に立つ時だ。


「こうかな」

「お、いいよ柏くん!可愛いよ!」


 続いて、小悪魔的におしりを突き出して、あざと可愛く表情をキメる。


「こんな感じ?」

「お、可愛さに磨きが掛かってるよ柏くん!」


 僕のオタクライフは、今日、この時の為にあったのかもしれない。


 知りうる全ての可愛いをフル活用し、茅野センパイの可愛いポテンシャルをを最大限に引き立たたせて見せるっ!


「これは……可愛いんじゃないかな」


 床に寝そべった後、両手に顎を乗せて僕(茅野センパイ)はあざと可愛い表情でキメる。


「ん、よいしょ」


 その瞬間、ふと頭が軽くなり光に目が眩む。

 見れば、茅野センパイ(本物)が寝転ぶ僕のVRゴーグルを外していた。


「……茅野センパイ?」

「いずもざきが、こーたろのゴーグルとってこいって」


 そっか、VRだから。現実の僕は、もちろん僕の姿のままである。


 思い出される。さっきまでの可愛い茅野センパイポーズの数々。


 現実世界の楪と茅野センパイは、僕がポーズを取る様を見られていた訳で。それもカワイイ茅野センパイではなく、僕の見た目で。


「…………」

「…………」


 完全に虚無を見つめる楪と、可愛い茅野センパイポーズを取ったまま見つめ合う僕。


「ちょ、あの」

「いえ、どうぞ続けてください」


 温度感の消え去った楪の声が、ぐさりと突き刺さる。

 勘弁してください。いやほんと。


「………ん、しょ」


 気まずさを察したのか、茅野センパイが再びVRゴーグルを僕に被せる。


 VRゴーグルを被り、本物の茅野センパイが見えなくなった直後。

 仮想空間の鏡で、青ざめた表情の茅野センパイと僕は見つめ合っていた。

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