31. 花火と怪盗団とその獲物

「アカツキ花火とか、いいとおもう」


 その一言に、藤宮さんの表情がパッと一気に輝いた。


「おぉー! アカツキ花火、確かにアリかも! ナイスアイデアかやちゃんセンパイ!」


 アカツキ花火。正式名称、アカツキ大打ち上げ花火大会。


 毎年八月初週に開催される、僕らの町の打ち上げ花火大会だ。


「確かにもうすぐアカツキ花火の季節ですね。SNSの広告とか、CMも最近流れ始めましたし」


 アカツキ花火は、いわゆる町民花火大会とは規模が異なる。


 日本三大花火大会に選出されるほど、歴史ある大規模な花火大会だ。


 その花火打ち上げ規模は、日本一の大花火大会の自称に恥じない繊細かつ豪快さがある。


 特に目玉とされる花火「アルタイル」は、黄金色のしだれ柳花火が夜空すべてを埋め尽くし、見る者に一生レベルの体験を与える、と有名なのだ。あれは確かに凄い。


「……今年も交通網が麻痺する季節がやってくるのか」


 アカツキ花火の来場者数は全国から数万を優に超え、あっという間に町の交通網は麻痺する。電車も止まり、バスや車道も交通規制で通行止めになってしまう。


 アカツキ花火の帰り道、人の波に揉まれて家族から離された幼少期は割とトラウマ物だ。


「アカツキ花火……確かに人目も多いし、怪盗団として活動すれば注目されることも間違いないだろうけど」


 にしても、あまりに規模が大きすぎはしないだろうか。


 怪盗団として目立つし衝撃もあるだろうけど、目立ち過ぎだし衝撃もありすぎというか。


「おい、そろそろ戸締りしてもいいか」


 キッチンから小窓をガラリと開けた店長が、顔を覗かせる。

 ふと壁掛け時計を見ると、バイト終了からもう一時間くらい経っている。


「それじゃ皆、次の怪盗団会議はまた明日ね!」


 手早く荷物を担いだ藤宮さんが、事務室の玄関へと手を掛ける。


「また明日って、普通に学校あるし……なんなら明日からテストだよ藤宮さん」


 横に立つ楪も、こくこくと小さく頷いて同意する。


「いやいや柏くん、なーにを寝ぼけたことを言ってるの?」


 振り向いた藤宮さんが、洋画の様にやれやれと首を竦める。


「テスト週間中は、午前が終われば学校は終わりなんだよ?なーんのために早く帰れると思ってるのかな」


 勉強する為だろう、間違いなく。


「それじゃ、また明日っー!」


 ツッコむ間もなく、藤宮さんは外へと飛び出していった。


 僕の膝上に座ったままの茅野センパイが、マイペースに新しくグミの袋を開封する。


「響、夕飯前だからそれくらいにしとけ」

「えーおにぃ」

「だめだ」


 表情を変えず即答する店長に、ふくれっ面で「開けたばかりなのに」と茅野センパイ。


 茅野センパイはカラフルなグミを一つ口へと放り込み、僕を見上げる。


「はい。こーたろ、出雲崎もグミたべる?」

「あ、はい。ありがとうございます」

「…………頂きます」


 僕は何も言わず、ただ茫然とした疲労感と一緒にグミ(メロン味)を噛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る