29. 確かに井戸は狭いが、世間はそれよりずっと狭い

 『い、いるじゃないですか。 いい人だけど、ちょっと近寄りがたい人って。 ですよね、もちもち柏マンさん』

 『えっ』


 とんでもない無茶ぶりが飛んできた。


 と、その時、僕の脳裏に一人の顔が浮かんでくる。


 『あー、確かにいるかもしれない』


 喫茶ハコニワ、茅野センパイのおにぃこと、店長である。


 初対面では正直漏らしそうになるくらい怖かったけど、最近はなんとなく人柄が分かってきた気がする。


 『バイト先の店長なんですけど、なんというか寡黙な人なんです』

 戦士ナギ『寡黙っていうと、不愛想な感じなのか?』

 

 不愛想……には、違いないんだけど。 店長はどちらかというと。


 『必要最低限の事しか話さないというか、常に圧が凄いというか』


 でも実際には、タランチュラが日本の公園にいるかもって信じる天然だし。


 いざ飛び出してきた時には、藤宮さんと楪を庇えるように待機してたし。


 茅野センパイには甘々だし、なんだかんだ振り回されてるっぽいし。


 『強面な人なので、僕が一方的に怯えちゃってるだけかもしれません』

 『もしかすると、その方は恥ずかしがり屋さんなのかもしれませんね』

 『へぇー、意外とかわいい人なんじゃないか? その人』


 クスクスと朗らかに微笑むイブキちゃんと、戦士ナギもそれに続く。


 確かに、一理あるかもしれない。


 仕事中は静かにフォローしてくれるし、内緒で賄いのマカロンとか賄いでくれる時もある。


 そうか、店長は言葉に出さない恥ずかしがり屋なのか。


 『言われてみると、ケーキとか好きな人なんで、ギャップのあるかわいい人なのかもですかね。 前に話した喫茶ハコニワのケーキとか好きみたいでしたし』


 新商品は店長考案のケーキだから、きっと店長も好きだろう。

 いつもバイト中だから、食べてるところはみたことないけど。


 『ハコニワ! 喫茶ハコニワですか!』


 イブキちゃんが、また慌ただしくチャットを打ち込む。


 おぉ、随分食いついてきたな。 そういえば、前に話題に出した時もそうだったけ。


 さすがは女子高校生、スイーツはいつでもウェルカムなのか。


 『最近、新しいスイーツ出しましたよね喫茶ハコニワ!』

 『あー、なんかネットで見るよね。 美味しいのかな、あれ』


 まさかこんなところでもバイト先の話を聞くことになるとは。


 『結構、聞く限り評判はいいみたいですよ。 学校とかバイト先でも美味しいって言ってる人多いですし』


 さも、周囲の友達や知り合いが言っていたかの如く返信する。 友達いないけど。

 実際に人気の高さは身をもってバイトで経験してるので、まぁ嘘にはならないだろう。


 さすがに身バレの可能性もあるし、バイトしてることは伏せるけど。


 『そうなんですか! 結構、評判いいんですか!』


 にぱー、とイブキちゃんがまた笑顔のモーション。


 そんなに喫茶ハコニワのファンなんだろうか。 なんだか、バイトとしてはくすぐったいというか……それこそ正体を隠して日常を過ごす怪盗みたいな、妙な高揚感を感じる。


 『あ、ごめんなさい! 私ちょっとやる事があるので、このあたりで失礼します!』

 『あいよ、そいじゃイブキちゃんと柏マンでバトンタッチだな』


 久しぶりに一緒にプレイできるかと思ったが、互いのリアルの都合では仕方がない。


 出現した召喚陣の上に、イブキちゃんが乗る。


 『お疲れイブキちゃん。 またね』

 『またなー』


 片手を挙げる僕と戦士ナギに、イブキちゃんは微笑みのモーションで返した。



 『はい、おふたりとも。 またよろしくお願いします。』




 同刻。


 喫茶ハコニワ事務所の2階こと、茅野家。


 オフィスチェアに座った店長、茅野 志吹は眼前のパソコンをシャットダウンさせた。


「――――ふ」


 筋肉のついた重々しい両腕を伸ばし、卓上に置いてあったコーヒーを手に取る。


(つい、やりすぎちまったな)


 久々に喫茶ハコニワが休日になったとはいえ職業病で早朝から目覚めてしまい、下ごしらえをしようにも食材が届ていないので、久々にネットゲームでもすることにしたのだ。


 ある日、気分転換の為に、あるいは喫茶ハコニワの評判を調査できるかもしれないと始めたネットゲームに、気が付けば随分とのめり込んでいる。 


(また、暇があったら顔でも出すか)


 ゲームどころかインターネット初心者であった志吹にとってオンラインゲームはまさに未知の世界であった。 

 

せっかく現実ではないのだから、と可愛らしい女の子でプレイしたところ周囲のプレイヤーは妙に余所余所しく何をしたらいいのか右も左もわからない。


 故に、迷子のところを声掛けてくれた、きっちり基礎まで教えてくれるネトゲ友達の存在は、ネットを通して心起きなく一緒に遊ぶことが出来る相手となっていた。


「………もうこんな時間か」


 気が付けば、もう時計の針は正午を過ぎている。


「おにぃ、注文の食材がとどいたー」


 一階にいる妹の茅野 響の声が響く。


「わかった。 すぐ行くから受け取っておいてくれ」

「はーい」


 ネットで知り合った彼らの話では、開発した新商品の評判は悪くないらしい。 


 志吹にしても、それは素直に喜ばしく思う。


(それよりも)


 最近、気にかかるのは、新人としてバイトに入ってきた柏 幸太郎。


 よほど、妹の響は気に入ったのか、一緒にいる場面をよく目にする。


 普段はなぜか怯えているし、弱気でナヨナヨとしている印象があるが、バイトの出雲崎が迷惑客に絡まれた時の庇うような対応からすると紳士ないい奴に思える。


 しかし、公園で虫を食べたりしてるらしく、藤宮から聞く話では正論で殴ってくるらしい。


(…………果たして響に悪影響を与えないものか)


 もう少し、様子を観察する必要があるのかもしれない。


 と、志吹が思考をひと段落させる頃、ようやく空になったコーヒーカップが卓上に戻された。



 ―――――ニューラグーンオンライン新人プレイヤー、白魔術師イブキ。

 喫茶ハコニワ店長こと茅野 志吹は、届いた食材の仕込みの為、ひとりキッチンへと向かうのであった。












ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


閲覧ありがとうございます!


★★★の評価やブックマーク、コメントなどを頂けると嬉しいです!

モチベーションも爆上がりし、とても執筆の励みになるので是非ともお願いいいたします!


まだまだ続きますので、是非とも本作にお付き合いいただけると幸いです!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る