18. あの頃の私と、教室にいたあなた。
出雲崎 楪にとって、テレビや映画館で見た事のある人たちが、毎日の様に紙袋や包み紙を手に家に挨拶に来るのは物心つく前から当たり前だった。
当然、中学校という小社会で話題にならない訳もない。
「楪ちゃん、今週のテレビも見たよ!」
「楪ちゃん、あのアイドルのサイン貰ってきてくれないかな!」
「楪ちゃん、次はどの番組に出るの?」
もう何度目かもわからない質問や言葉に、出雲崎 楪は無表情に頷いた。
こんな日常が始まったのは、親が無理やり出演させたあるドラマがきっかけだった。
無理やり参加せられ嫌気がさして適当にやった演技が、クールすぎる女子中学生としてネットで大バス。 一気に時の人となってから休める日は一日もない。
親に言われるがままにバラエティ番組でコメントし、ドラマでは興味もないセリフを吐く。
ドラマの収録や雑誌の撮影で学校にもほとんど行けず、まるでモノとしてテレビ番組で頷く。
「楪ちゃん、今度のドラマは」
「楪ちゃん、ちょっとサイン」
「楪ちゃん、楪ちゃん」
ある日、ほんのふとした瞬間。
両親の運転するドラマの撮影帰りの車の中で。
(…………結局、これは誰のための、何のための時間なんでしょうか)
出雲崎 楪は、全てが嫌になった。
深夜に家に着くなり、楪は事務所の社長である両親に言った。
「楽しくないので、芸能界やめます」
出雲崎 楪はその日。
両親と、生まれて初めて声を荒げる大喧嘩をして。
「もう二度と、この家には帰って来ません」
その果てに、逃げ出るように家から出て行った。
幸い、学校の近くには撮影の際の仮眠用にアパートを一部屋借りていたので、そこに転がり込んで生活を始めた。
両親も特段咎める事もなく、そのまましばらく家には帰っていない。
金銭面はドラマで稼いだ小遣いがあるし、非常時に備えてアルバイトも始めた。
――――――チャームポイントは八重歯! 高校生アイドル、連ドラ主演に抜擢!
クールすぎる女子中学生なんて看板は、芸能界では消耗品で。
あっという間に、出雲崎 楪はテレビの世界とは疎遠になった。
「テレビと違って全然おもしろいこと言わないじゃん」
「あいつ、テレビ出てるからって調子乗ってね?」
「ちょっと有名人だからって、格が違うんですオーラ? うざー」
「あたしの彼氏、ずっとあいつのこと見てんだけど。 マジむかつく」
芸能界の関係と関係が切れてから、学校で出雲崎 楪の周りから人はいなくなった。
昼休みになれば誰も何も言わず、当番ですらないのに楪の机の上に提出課題が積まれている。
その提出先は、反対棟の一番奥にある物理準備室。
「同じ事してて飽きないんですかね、本当に」
もはや熱心であるとまで呆れ始めた嫌がらせを、出雲崎 楪は淡々と処理する。
「出雲崎さん、半分は僕が持ってくよ」
「えっ」
言うが早いか、声の主の男子生徒は楪の机の教材をひょいと持ち上げた。
(確か、クラスメイトの男子の……誰でしたっけ)
そんなことより、楪の口から思わず問が出る。
「私、もうテレビとか出ませんよ?」
彼はわかりやすく「?」を浮かべたまま、首を横に傾けて。
「へぇ、出雲崎さん、テレビとか出たことあるの? すごいね」
より困惑する状況に、楪の瞬きが早くなる。
「あの……どうして手伝ってくれるんですか?」
「え? だって楪さん、重くて辛そうだったじゃん」
赤信号になれば、それは停止を意味する。
それは当たり前だろうと、目の前の少年は訝しんだ。
「え、ええまぁ……そうですけど」
楪が彼に抱えたそれは、恋愛感情と呼ぶにはあまりに弱すぎた。
近しいものと言えば、庭先で米粒を摘まんでいる雀を見ている様な。
それでも好奇心と慈愛に似た何かは、僅かに静かに灯っていた。
「おはようございます、柏さん」
「お、おはよう出雲崎さん。 ……何かあったの?」
「何かあったとは?」
「え、いやだって最近は毎日話しかけてくるから」
「……なんででしょうね」
楪から見て、柏 幸太郎は非常に興味深い人間だった。
視界の端の彼の一挙手一投足に、視線が奪われるくらいに。
「柏さん、私とお付き合いしてくれませんか」
夏休みを直前にした、終業式の日。
出雲崎 楪は、もっともっと柏 幸太郎のことが知りたくなった。
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