14. だってわたしの飲めない。


「またせた。 ちゅうもんをどうぞ」


 丁度、横の席では茅野センパイが接客を始めた。


 そうか、ベテランの茅野センパイなら間違いない筈だ。


「うーんと、ウィンナーコーヒーを一つお願いしようかな」


 接客相手は、恐らく大学生のお姉さんだろうか。


「それ、にがいけどだいじょーぶ?」

「え、そうなの? 結構苦い?」

「わたしのめない。 ホットココアのほうがおいしい」

「あ、じゃココアを貰おうかな」

「それがいい」


 満足そうに付箋に書いて、持っていく茅野センパイ。

 っていうか、そうだ僕は茅野センパイの接客受けてるじゃないか。


「おにぃ」

「店では店長だ」

「てんちょー、ホットココアひとつ」


 付箋を茅野センパイから受け取った店長は、目を丸くする。


「またか」


 不思議そうな様子で、スライドドアから店長がホットココアを茅野センパイに手渡す。


「んしょ、んしょ」


 両手で持ったお盆に乗せたホットココアを、懸命に運ぶ茅野センパイ。

 んふふふふふかわいい。


「おまたせした、ホットココア1つ」

「あ、美味しそう!」


 すっかりテンションが上がる女子大生のお客さん。


 得意げな茅野センパイが、ぐっとサムズアップする。


「ホットココア、ウチでいちばん売れている。 名物でだいにんき」


 たぶんそれ、茅野センパイのせいだと思います。


「うーん、美味しい!」

「よかった。 おねーさん、またきてね」


 去り際に小さな手を振る茅野センパイに、お姉さんも既にデレデレだ。


「おしごと、おしまい」


 さすが茅野センパイ、と僕は息を呑み込む。


 可愛いくて愛らしい動きは、もはや天使の域にすら思える。


「……そうか」


 茅野センパイが可愛いのはもちろん、楪や藤宮さんも例外じゃない。

 楪の無駄のない効率的な業務に、お客さんへの細やかな気遣い。

 藤宮さんの底抜けの元気は、黙っていれば素晴らしい美貌が更に際立たせている。


「柏。 フロアの働き方はわかってきたか?」


 スライドドアを開けて、しゃがれた声の店長がこちらを覗き込んでくる。


 うーん、やっぱりちょっと怖いな店長。

 怒られないように、新人バイトとして少しでも使える奴だとアピールしておかなくては。


 僕はふふっと、自信ありげに頷いた。


「任せてください店長。 僕がまず極めること……それは、可愛くなることですね?」


 …………割と真面目に怒られた。 でも、流石にこれは僕が悪いと思う。


 というか、実質このカフェってオーダーは楪だけで回ってる様なモノじゃなかろうか。

 うん。 やっぱり初めから参考になる楪だけをターゲットを絞って……。




「やめてください」

 

 決して大きくはないけれど、明確な拒否の声が耳を刺す。

 それは、楪の声だった。

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