13. 教えて元カノ先生
「……憂鬱だなぁ」
喫茶ハコニハに続く道を、制服姿の僕は一人でトボトボ歩く。
同じバイト先なのに、藤宮さんはモチベーションが高すぎてダッシュで行ってしまった。
「初出勤で……なんとかバイトやめられないかな」
確かに、勝手に決まったアルバイトは嫌だ。
でもそれよりも憂鬱な原因は、スマホに表示されているこのメッセージだ。
名探偵シャーロック『ミッション! 今週中に誰かを怪盗団にスカウトすること! 具体的には、かやちゃんセンパイとか、出雲崎さんとか!』
藤宮さん、いくら何でも怪盗団のセオリーな作り方とか知らないぞ僕は。
あとこの名前、やっぱり通知きても一瞬マジで誰かわからないし。
――――ピコリン!
あ、ソシャゲから通知か。 藤宮さんが出したキャラが効力を発揮しだしたらしい。
うわ、もうこんなバフ掛かってんのか………ほんと鬼つえぇなあ。
「………………はぁ……仕方ない、やるかぁ」
背に腹は代えられない。
鉛みたいな重さの足を引きずって、僕はまた喫茶ハコニワに向かうのであった。
ハコニワの事務室。
昨日手渡されたエプロンとシャツに着替え、僕は楪と向かい合って座っていた。
「それでは改めて、研修担当の出雲崎 楪です。 よろしく願いします」
「あ、うん。 よろしくお願いします」
礼儀正しく、きちっとした挨拶。
さすがは元女優の楪だ。 オンとオフのスイッチをしっかりと切り替えている。
「では、実際の業務に入る前に何か質問などはありぇっ……ませんか?」
あ、噛んだ。
プルプル小さく震えて、顔がどんどん赤くなってく……。
「落ち着いて、楪」
「問題ありません。 質問などはありぇま……ありませんか」
まだ噛んでるし。
ここはひとつ気の利いた言葉でもかけて、リラックスしてもらおう。
「その帽子と丸メガネとエプロン、似合ってるね」
付き合ってる時は、恥ずかしくてあんまり言ってこなかったし。 こういうの。
僕が言うのと同時に、茹で上がったタコの様に更に赤くなる楪。
「ど、どうでもいいじゃないですか、そんなこと。 べべ、別に嬉しく思ってなんかいません。 もっと生産性のある質問でもしたらどうですか」
「あ、はい。 すみません」
完全に失敗した。 リラックスどころか怒らせてしまった。 すみません。
すでにどこかダメージを追っている楪と共に、フロアへと移動する。
「お、柏くん。 早速フロアだね」
お盆を片手に、手を振ってくる藤宮さん。
「あれ藤宮さん? 研修は?」
同時に採用された筈だから、まだ藤宮さんも研修中のはずなのに。
横の廊下から、茅野センパイがひょっこり顔だけ出してきた。 あ、かわいい。
「ふじみやこーはい、のみこみ早いから。 フロアではたらいてもらってる」
藤宮さんが呑み込みがいい……!? そんなバカな!
「ふっふふ、柏くんもこの名探偵の振る舞いをみてしっかり勉強すべしだよ!」
ドヤ顔で煽ってくる藤宮さんの真横、横長のスライドドアがカラリと開く。
中から顔を覗かせたのは、件の強面の店長だ。
「おう、来たか。 えーっと」
「あ、はい。 おはようございます店長。 柏です」
「頑張れよ柏。 ……しくじるなよ」
店長は意外といい人なのかもしれない。
いや、しくじったら消される警告をされただけかもしれないけど。
「オーダー、3番卓行ってくれ響」
「かしこまりー」
スライドドアから受け取ったメニューを、茅野センパイがお盆に乗せて運ぶ。
「藤宮、12番卓にこれ持って行ってくれ」
「かーしこまりっ!」
同じくお盆で受け取った藤宮さんも、テーブルへと運んでゆく。
いつのまにか、茅野センパイの口癖が藤宮さんにも移ってるし。
「基本的にキッチンは店長だけで回しています。 私たちは、全員フロアですね」
ふむふむ、なるほど。
「幸太郎は初日ですから、とりあえず他の人の業務を観察して雰囲気を掴んでください。 細かな業務やルールは客足が落ち着いた時間に教えますから」
「うん、了解。 ありがとう楪」
戸棚からお盆を取り出した楪は、フロアへと歩んでいった。
僕もとりあえず、楪の後を追ってメモ帳を取り出す。
「いらしゃいませ」
なるほど、まずはお客さんの様子を見て回っているらしい。
空いたテーブルから食器を回収し、店長のいるスライドドアに提出。
腰元に付いているデバイスが反応したら、表示されているテーブルに言ってオーダー取る。
あとは、店長からの配膳と、お客さんからの要望に臨機応変に対応しているみたいだ。
「す、すごいな……」
さすが楪、と息を呑み込む。
無駄のない流れるような効率的な動きは、もはや芸術的な域にすら思える。
「はーい、オーダーかしこまりーっ!」
「店員さん、元気がいいねぇ。 新人さんかい?」
「はい! 喫茶ハコニワ、期待の新人名探偵です!」
「はっはは、面白い子だねぇ」
「元気を貰えて嬉しいねぇ」
どうやら奥の席では藤宮さんがマダム達にウケているみたいだ。
なるほど、確かにあの底抜けの元気は接客業に向いているかもしれない。
「店長―? あれ、ここトイレだ」
道に迷うな店内で。 スライドドアは逆方向だ。
「あ、オーダー書き忘れちゃった。 もっかい聞いてこよ!」
再度マダムのところに戻っては、席で爆笑を浚う藤宮さん。
さすが藤宮さん、と僕は息を呑み込む。
無駄しかない完全に非効率的な動きは、もはや芸術的な域にすら思える。
「あ、ここかー」
ようやく藤宮さんがスライドドアまでたどり着いた。
「店長、3番卓さんのオーダー追加でーす!」
「おう」
ぺたりと付箋を張り付けながら、メニューを呼びあげていく。
「キャラメルラテアート、キャラメルラテ抜きでーす」
「待て藤宮。 絶対に注文違うから、もう一回聞いてこい」
なんだキャラメルラテアート、キャラメルラテ抜きって。
カップに残ってるのは芸術だけじゃないか。
……なんか、藤宮さんは参考にならない気がしてきた。
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