10. 元カノ:アンコール

 しばらく、互いに無言で俯く時間が続く。


「……幸太郎、あの子と……何してたんですか?」


 なぜか部屋の隅を見ながら、楪が呟いた。


「あの子?」

「あのお団子ヘアの子です」

「あぁ、藤宮さん」


 他に話すネタもないし、まぁ……事の顛末を話そう。

 藤宮さんと出会っての経緯を、僕はざっと楪に説明する。


「と、まぁ大体そんな感じで僕は、怪盗団を作る事になったんだ」

「いえ、全く理解できませんでした」

「だよね」


 だって話してる僕も理解できてない。

 なんだ初対面の女子が、名探偵になりたいから怪盗団を作れって。 ラノベか。


「…………」

「…………」


 再び、僕と楪の間に事務所の四隅を眺める時間が訪れる。


「そ、そういえばこうして二人きりで話すのも、中学を卒業してか以来だね」

「………そうですね」


 直訳。 別れて以来だね。

 言ってから気が付いた。 あーマジで何言ってんだ僕は誰か殴ってくれ。


 しばらく、事務室に秒針だけが鳴り響く。

 楪はエプロンの裾をギュッと掴んで、か弱弱しく言葉を吐いた。


「幸太郎…………藤宮さんとのお付き合いしてから、楽しいですか?」

「え、いや。 僕たち全然、付き合うとかしてないよ」


 突然突拍子もないことを言い始めた楪に、気まずさも忘れて思わず素が飛び出る。

 きょとん、と互いに見つめ合う楪と僕。


「お付き合い、してないんですか?」

「うん、全然。 まともに話したの、昨日が初めてだし」


 楪が、漏れ出すように小さく息を吐く。


「そうですか」


 あれ? なんか、つい先よりずっと楪の顔色がいい?


「……幸太郎、相変わらずゲーム好きなんですね」

「まぁね、それくらいしかやることないし」


 あれ? なんかやっぱり、急にリラックスしてる?

 相変わらず半分閉じた目で、柔らかな表情の楪が僕を見る。


「なら、私がお団子ヘアさんの当てたキャラをゲーム内のマネー? か何かに、間違って売却したことにしてあげましょうか」


 なるほど、確かにソシャゲには持ちキャラクターをゲーム内のマネーに換金する機能がある。

 藤宮さんが引き当てたキャラが存在しなければ、藤宮さんに返す義理もないと。


 しかも僕が意図的にやった訳ではなく、楪が間違って売却してしまった体なので罪悪感も薄い。


「いや待って。 僕がキャラを失った上、強制的に怪盗団をやらされる未来しか見えない」


 何の意味もないし、ただ僕がオーバーキルされてるだけだそれ。

 第一あのキャラ、ランカープレイヤーとしては絶対失いたくない。


「そ、それにしても、意外だなぁ」


 最悪の事態をイメージして、急ぎ僕は話題をすり替える。


「なにがですか?」

「いや、楪が藤宮さんの事に興味を持つなんて。 名探偵を名乗りたいとか、怪盗団を作るとか、子供っぽくて馬鹿らしいって相手にしないかと思ったんだけど」

「っ、それは!」


 耳の端まで、一気に楪の顔が紅潮する。


「学校でつい目で追っていたら、幸太郎が見知らぬ女子と仲良さげに話してたのが気になった訳では全然ないですからね!」

「わかってる、わかってるってば」


 この人、何回俺に興味がない事を宣言すれば気が済むんだろう。

 元カノ(超美人)からそこまで言われると、さすがの俺でもちょっと胸の辺り痛いよ?


「楪も名探偵とか怪盗とか好きなんだね。 やっぱり、ちょっとイメージなかったけど」

「……………ソウデスネ」


 急に楪の声がワンオクターブ下がる。

 だから急に来るそれ何、怖いからやめてほしい。


「名探偵!? いま名探偵って言った⁉」


 声のした方を振り向くと、いつの間にか事務室の入り口から藤宮さんが覗き込んでいる。


「藤宮さん!? いつの間に!?」


 驚く僕を無視して、藤宮さんはキラキラと目を輝かせてグッと顔を楪に近づける。

 対照的に楪は心ここにあらず、どころか魂すらここにはなさそうだ。


 いきなり幽霊か何かにでも憑つかれたのか……。


「いずもざき、フロアいそがしい。 てつだって」


 今度は藤宮さんの下から、茅野センパイがひょっこりこちらを覗き込む。

 その姿は、某ファミリー映画の小さな森の妖精さんみたいだ。 うーん非常にかわいい。


「……はい、いま……行きます……」

「あー! かやちゃんセンパイ、あたしも! あたしも行きまーす!」


 藤宮さんと茅野センパイに手を引かれ、楪の姿がフロアへと消えてゆく。

 なんか急に元気なさげだったけど、大丈夫だろうか。

 藤宮さんとプラマイゼロみたいなところあるけど。


「ふぅ」


 ともかく一安心。

 楪との気まずい時間も何とか乗り越える事が出来た。


 これでしばらくは安泰………あれ、僕はここに放置ですか?

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