8.  どんぐりはポケットがマスト。

 再び、僕と藤宮さんの二人になった教室。

 机にだらりと横たわる藤宮さんは液体みたいだ。 ネコかな。


「柏くーぅん、出雲崎さんは誘わなくてよかったの?」

「いや、誘っても絶対断られるでしょ」


 元カノと怪盗団とか、なんの罰ゲームだよ。

 それにアルバイトがあるからって、教室からいなくなったのは楪だし。


「ふぅーん、それにしても柏くんにあんな美人な彼女さんがいたなんてねー。 案外やるじゃん柏くん」

「元ね、元だから」


 結局、僕はなんで付き合えたのかも、何でフラれたのかもわかってないし。

 楪から一方的に告白され、楪から一方的にフラれた。


 結局、訳も分からない内に始まって終わったのだ。


「というか藤宮さん、楪がダメなら誰を怪盗団に誘うの?」

「それを考えるのが柏くんの仕事なんですけどー」


 そうか。 怪盗団って、難しいんだなぁ。

 就活で履歴書に書けるかな。 部長とか、サークルリーダー的な感じで。


 と、その時。


「みつけた、こーはい」


 からからから、と教室の扉が開く音。

 なんだなんだ今日は来客が多いなぁ。


「あれ、あの子って」


 藤宮さんと僕が同時に振り返ると、そこには見覚えのある姿が。


「昨日の喫茶店の女の子じゃん!」


 藤宮さんの声と同時。


 ドアから、とてとて走っていた女の子が両手を挙げたままぽてっと床に倒れこむ。

 え、なにそれかわいい。


「一年生、きょーしつまで階段おおすぎ。 もうだめ、つかれた」


 女の子の胸ポケットから生徒手帳やら喉飴やら、どんぐりやらが散乱する。

 どんぐり……? なぜ……? しかも多くない?


「君が着てるそれって……うちの学校の制服だよね?」


 コスプレ……ではないよな。


「わたし、ちゃんと昨日しゃべった。 わたしはせんぱいで、ふたりはこーはい」


 え、いや嘘だろ。 だって見た目は完全に。


「間違いなく、小柄な小学生って感じ?」


 僕の胸の内と、藤宮さんの言葉がハモる。

 おぉ、初めて藤宮さんと気が合った気がする。


「ちがう」


 女の子は、鼻に汚れをつけたままドヤ顔でサムズアップしてみせた。


「わたし、2年4組のかやの ひびき。 ぴーす」


 うん。 それはピースではない。


「あ、ほんとだ書いてあるね」


 どんぐりの中から生徒手帳を拾い上げた藤宮さんが僕にそれを見せてくる。

 生徒氏名欄には、確かに2年4組 茅野かやの ひびきと記載されている。


 表紙を捲ると、写真の部分には眼前の女の子の顔が……載ってないな。

 完全に見切れて、青背景にアホ毛しか映ってない。 身分証としてダメだろこれ。


「かやちゃんセンパイって、呼んでもいいですか?♡」

「うん、いーよー」

「うわぁー、やったー! かわいいー!♡」


 楪の時の様に、茅野センパイのモチモチ頬にめり込むくらい頬刷りする藤宮さん。


「あたし、藤宮・シャーロット・有栖っていいます♡ 気軽に名探偵とか、シャーロットとか呼んでくださいね♡」

「うん、よろしく。 ふじみやこーはい」


 マジで恐ろしく切り替え速いな藤宮さん。

 そして一瞬でフラれてる。 もう誰か名探偵って呼んであげてくれ。


「こーはいは?」

「え、何がですか?」

「なまえー」

「あ、幸太郎です。 1年2組の柏 幸太郎っていいます」


 茅野センパイは、口を横に伸ばして細目でにぱーっと笑う。


「うん、それじゃ、こーたろ。 よろしく」

「あ、はい。 よろしくおねがいします」


 何をよろしくお願いされたのかわからないけど、とりあえず会釈する。

 もぞもぞと立ち上がる茅野センパイに手を貸しつつ僕は下手糞に笑った。


「そ、それで茅野センパイは僕らに一体なんの用ですか?」


 ナチュラルに敬語に切り替える。

 よし、昨日のカフェでの失礼はなかった事にしよう。


「それも昨日しゃべったー。 こーはい、うちのカフェでバイトしてほしい」

「な、なぜ」

「こーたろが気に入ったから。 あたま撫でるのうまいし」


 まさかのいきなり昨日の失礼が蒸し返された。


「責任の発生する社会とか、アルバイトとか僕にはまだ早いかなって……」


 こっちは、友人を作ることが前提とされている高校社会ですら厳しいのだ。


「だいじょぶ。 うちのバイト、高校生もぜんぜんいる。 だってわたしもはたらいてる」


 ふんすと鼻息、ドヤ顔の茅野センパイ。

 んふふふかわいい。


「いーじゃん、カフェでバイト!」


 食い気味で藤宮さんが机から身を乗り出す。


「ほらほら、怪盗団も活動資金とか必要でしょ? もしかしたらカフェで怪盗団のメンバーになってくれる人も見つかるかもしれないし!」


 まぁ確かに、怪盗団を手伝ってもらうなら正体がバレづらい方がいいのかもな。

 もしかするとアルバイトで、他校の生徒とかいるかもしれない。


 僕は話しかけられないから、メンバー募集の説得は藤宮さんに任せるけど。


「カフェでバイトのせつめいを聞いてくれたら、好きなめにゅーごちそうする」

「よし、行こ! ぜったい行こ!」


 本音出たな藤宮オイ。 無料飯たべたいだけだコイツ。

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