2:先輩少女フィアナ

 ヴィクトール王国で催された統一祭。

 多くの人々が王都へ押し寄せる中、少年ラスティは賢者ベリルと運命的な出会いを果たした。


 そんなラスティを祝福しているのか、空に色とりどりの花火が打ち上がる。

 同時に音楽隊が行進を始め、王城前に設営された広場は僅かにだが人はいなくなった。


 それを確認したベリルは、王城前広場で営業している様々な露店を見て回り始める。

 手を引かれるラスティは普段目にすることのない串焼き、揚げ芋、指輪、木剣といった品々に目を奪われていた。

 特に様々な味付けがある揚げ芋に目が止まっているようだ。

 その証拠にラスティのお腹が空腹であることを知らせ、大いに叫んでいた。


「お腹が空いたかい?」

「……うん」


 顔を赤くしながらラスティは頷く。

 そんな少年を見たベリルは、露店で揚げ芋を取り扱っている中年の女性に声をかけた。


「うん、それじゃあ揚げ芋を二つ。味はそうだね、塩でお願いするよ」


 女性はベリルの注文を受け、揚げ芋を用意し始める。

 といっても専用の保温機から取り出し、塩をかけられた揚げ芋を受け取るだけだが。


「それにしても、見かけない機器だ。こっちの保温ができるなんて聞いたことがない」

「ああ、これかい? レミー商会からお試しにどうですかって言われてもらったんだよ。まだ試作段階らしいんだけど、これがなかなかいいものでね。ちょっと大きいけど、こういったお祭りの時に担ぎ出しているんだ」

「へぇー。こっちの油を熱している機器も同じ仕組みなんですか?」

「詳しくはわからないね。ただ、温度調整できるように様々な箇所に火の魔晶石を配置してるっては言ってたね」


 女性の話を聞き、ベリルは関心を抱いている様子だ。

 そんなベリルをラスティはジッと見つめた。

 気がつけば腹の虫がまた鳴き出し、ラスティは顔をさらに赤くさせる。


 その音を聞き、気づいたベリルは慌ててラスティに声をかけ、揚げ芋を渡した。


「ごめんごめん。はい、揚げ芋。美味しいよ」

「ありがとう」


 ラスティはほのかに温かい揚げ芋を口へ運ぶ。

 ちょっとパサパサしていたが程よい塩気と芋特有の甘さが合わさり、とても美味しいとラスティは感じた。

 そもそも路上で生活していた時、こんな安全で美味しそうな食べ物にありついたことがない。

 だから余計に揚げ芋の美味しさが身に沁みた。


「あー、これは結構水分が飛んでいるね」


 だが、ベリルは違ったようだ。

 ちょっと顔をしかめ、パサパサとした食感に苦しんでいる様子だった。


 確かに試用品と言われただけはある。もっといい感じに保温ができれば画期的な機器になるだろうが、そんな技術はレミー商会にないだろう。

 そんなことをブツブツとベリルは呟き、考え始める。


 ラスティはそんなベリルを見て、なんだか不思議な人だと感じ始めた。


「ズルいッ」


 ベリルを見ていると、唐突にそんな声が放たれた。

 振り返るとそこには、白いドレスを着た少女の姿がある。

 雪のように美しく輝きを放つ銀髪は肩にかかるほど長く、眉を吊り上げながらも碧い瞳でずっとラスティ達を見つめていた。


 誰だろう、とラスティが思っていると声に気づいたベリルが彼女に笑いかける。


「ちょうどいいところに来たね、フィアナ。君を待っていたよ。あ、揚げ芋食べる?」

「何が待っていた、ですか! 面倒なことを私に押し付けて一人でお祭りを楽しんでたでしょ? あとそれ、いらないですから!」

「アハハッ、優秀な弟子のおかげで楽ができるのはいいことだよ!」


 ベリルの切り返しに、フィアナと呼ばれた少女はむすーっと頬を膨らませた。

 どうやら怒っているようだ。


 そんなことを感じながらフィアナを見つめていると、ラスティに視線が向けられる。


「それよりベル先生、この子は?」

「ああ、新しい弟子だよ」

「拾ったんですか? 私がいるのに?」

「張り合いができていいだろう?」


 ベリルの言葉を受け、フィアナは改めてラスティを見つめる。

 ボロボロの服に、ボロボロの見た目。

 微弱に魔力があるが、到底フィアナの足元には及ばない。


 どうしてベリルがこんな弱そうな少年を拾ったのかわからない。

 しかし、少年を見た限り何もかも自分のほうが上だとフィアナは判断した。


「ふーん、そう。じゃあ、私がいろいろ教えてあげる。そうね、その前に名前を教えてくれる?」

「ラスティ。その、みんなからそう呼ばれている」

「ラスティ? 変わった名前ね。まあいいわ、今日からアンタは私の後輩! だからいろんなことを教えてあげるわっ」



 そう告げられ、ラスティは頭を傾げた。

 ベリルはそんな二人のやり取りを見て、微笑ましく見つめる。


 後輩ができて嬉しそうにするフィアナに、彼女の言葉をどこか理解していないラスティだが相性は悪くなさそうだ。


「さて、と」


 ベリルはラスティ達から視線を外し、護衛として一緒に行動してくれた二人の騎士に目を向けた。

 騎士達は背を正し、ベリルから放たれる言葉を待つ。

 そんな二人を見たベリルは、お礼と端的な要件を口にした。


「ありがとうございます。宿についたら、もう護衛は大丈夫です」

「申し訳ございませんが、賢者様が王都に滞在している限り一緒にいろと団長に命令されています」

「では、一つお願いを聞いていただいてよろしいでしょうか?」

「その子の件ですね。おおよその目星はついておりますが、行動するとしても団長の指示がなければ私達は――」


 ベリルと大人二人が真剣なやり取りを交わす。

 ラスティはどんな会話がされているのかわからないので、ただジッとベリルを見つめた。

 ふと、彼が持つ杖に目がいく。

 そこには先ほど見た少女アンナが微笑ましくベリルを見つめている姿があった。


 彼女を見つめていると、気づいたのか手を振ってくる。

 ラスティは思いもしない返しに戸惑い、視線を逸らすとまたアンナはクスクスと笑った。

 そんなラスティを見て、フィアナは気づく。


「ねぇ、ラスティ。あの子が見えるの?」

「そうだけど? 見えるの?」

「当然。あ、そうそう。私のことはフィアナさんって呼びなさい」

「え? なんで?」


 思いもしない切り返しにフィアナはむすっと頬を膨らませた。

 唐突に不機嫌になり、そっぽを向いたフィアナにラスティは戸惑いを覚える。


「フィアナ? どうしたの?」

「ラスティなんて知らないから……先輩を敬わない後輩なんて知らないんだから……」

「どうしたの急に? ねぇ?」

「知らないったら知らないから! 勝手にすれば!」


 ふんっ、と不機嫌な態度を見せるフィアナにラスティはもっと戸惑いを覚えた。

 一体なぜこんなにもフィアナが豹変したのかわからないラスティは、何か悪いことをしたのかと考え始める。

 しかし、様々な経験が乏しいためかいくらラスティが考えても原因がわからなかった。


「こらこら、フィアナ。かわいい後輩を困らせるんじゃないよ」


 騎士達とのやり取りを終えたベリルは、不機嫌になってしまったフィアナをなだめた。

 しかし、ベリルが声をかけてもフィアナは機嫌を直す様子を見せない。

 そんなフィアナを見て、ベリルがある提案をした。


「なら、もう少しお祭りを楽しむかい? 美味しい串焼きを食べて、お土産をたくさん買って、あとは――」

「当然です! ベル先生だけ楽しんでズルいんですから!」


 ベリルの提案を聞いたフィアナはすぐに食いついた。

 先ほどの不機嫌が嘘のようになくなり、勝ち気な笑顔を浮かべ目を輝かせている。

 そんなフィアナを見て、ベリルはやれやれと頭を振った。


「はいはい、じゃあ一回宿に行ってからね」

「はーいっ」


 元気よく返事するフィアナ。

 ラスティはそんな少女を見て、自分よりも子どもだと感じてしまう。


「あれ?」


 フィアナから視線を外し、なんとなくラスティは周りを見た。

 先ほどまでベリルの傍にいた騎士の二人がいなくなっていることに気づく。

 どこに行ったんだろう、とラスティが考えていると唐突にフィアナに手を握られた。


「とっとと宿に行きましょ、ベル先生! 私、お祭りをまだ楽しんでないですからね!」

「ラスティをお風呂に入れてキレイにしてから行こうか。それまで出かけちゃダメだよ」

「りょーかーいっ。行くわよ、ラスティ!」


 ベリルの言葉を聞き、フィアナはラスティの手を握り走り始める。

 一緒に走るラスティは、嬉しそうに笑うフィアナの姿に目を奪われていた。


「今日はお祭り。いっぱい遊び倒すんだからね!」


 どこまでも勝ち気で、楽しそうな笑顔を浮かべるフィアナ。

 そんな彼女に手を引かれ、ラスティは走っていく。


 ベリルはどこまでも元気よく駆けていく子ども達を微笑みながら追いかけていくのだった。

 

「見つけたよ、忌まわしき賢者め」


 だが、ベリルは気づかなかった。

 自分を敵視する存在が、すぐ近くにいることに。

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