魔族のせいで孤児になった少年、聖女と一緒に旅に出て成り上がる 〜悪の魔法使いに魂をバラバラにされた育ての親である賢者を救うために騎士は英雄へと駆け上がる〜

小日向ななつ

序章 ハジマリ

1:運命的な出会い

 どこまでも澄み渡る青い空。

 そこに祭りを知らせる色とりどりの光の玉が打ち上げられる。

 花が開くように光の玉が弾けると、見上げていた人々は感嘆の声を上げていた。


 本日は【ヴィクトール王国】が大陸を統一した記念日である。

 各地から様々な人が王都に訪れ、騎兵隊の力強い行進や音楽隊が奏でるマーチを楽しみながら大通りを歩いていた。


 観光として訪れた者達は露天に置かれた普段味わえない料理や見ることがない珍品に心が奪われ、要人として訪れた者は国王との謁見を求め城へ押し寄せていく。

 また、この祭りを機に商談をしようと訪れた者もいれば、家族との再会を楽しみにして帰郷した者もいた。


 様々な目的を持ち、それぞれが華やかな祭りが行われる王国へ足を運び、大通りを歩く。

 そんな人々の間を縫うように走る少年がいた。


「しつこいなッ」


 その足には靴がなく、素足のまま石畳の上を進んでいく。

 何日も履き続けただろう汚れたズボンに、同じように元は白かっただろう裾も袖も所々切れたシャツを着ていた。

 必死に生きようとする少年の目は金色に輝き、汚れた赤髪を懸命に揺らし走る。


 よく見るとその胸には少年とは不釣り合わせな杖があった。

 少年の背丈よりも大きな杖の先端には、星の形をした不思議な輝きを放つ石が取り付けられている。

 ふと、何気なく少年は石に目を向けるとそれは赤く輝いており、何かを示しているようにも見えた。


「待てー!」


 声が耳に飛び込んでくる。

 慌てて振り返ると、二人の男が追いかけてきていた。

 汚れが一つもない白い礼装に、走るには少し不向きな革靴。

 腰のあたりを見ると立派な剣があり、少年と違って身分の高い男性だと言うことがわかる。


「止まれ! 止まらないと魔法を放つぞ!」

「おい、こんな所で魔法は……それにお前が扱える魔法って、初級だったよな?」

「言っている場合かッ。賢者様の杖が盗られたんだぞ!」


 男達が言い争う中、少年は急いで裏路地へ繋がる通路へ逃げ込んだ。

 右へ曲がり、左へ曲がり、時には廃墟を通り、男達を撒こうとする。


「くそ、とんでもない場所を通りやがって!」

「ああ、俺の礼装が!」


 だが、どんなに逃げても男達は追いかけてきた。

 あまりのしつこさに少年は「ホントしつこいッ」と毒づいてしまうほどである。


「くそ、それなら――」


 少年は次の手を打とうとした。

 だが、その手を打とうとした瞬間に思いもしないことが起きる。

 逃走進路、いや目の前に突然一人の男性が現れたのだ。

 少年は避けることができず、そのまま突撃すると男は身体をしっかり受け止め、優しく抱きしめた。


「捕まえたっ」


 思いもしないことに少年は目を大きくする。

 女性のように長い黒髪に、柔らかな笑顔を浮かべて少年を見つめている。

 その瞳は黒いのだがどんな宝石よりも美しい闇色に染まっており、少年の意識は自然と飲み込まれていた。


「おや、ずいぶんとおとなしいですね」


 クスクスと笑う男性の指摘を受け、少年は置かれた状況に気づく。

 慌てて逃げ出そうとするが男は線が細い割にしっかりと鍛えているようで、少年は腕を振り払うことができなかった。


「はーなーせー!」

「ハハハッ、元気になったね。元気な子は大好きだよ!」

「なら放せー!」

「ダメダメ。そうだね、僕の杖を返してごめんなさいってするなら放してあげるよ」


 少年は懸命にもがくが、どんなに抵抗しても男の手から逃れられない。

 そんな中、少年を追いかけてきていた二人の男が近寄ってくる。


 このままだとヤバい。

 そう感じた少年は、取れる手段は何なのか思考を巡らせ始める。

 だが、どの手段を取っても逃げ切れる可能性はない。


 そのことに気づいた少年だが、それでも諦めずに可能性を探した。


『クスクス――』


 ふと、どこかから楽しげに笑う声が聞こえてきた。

 その声を頼りに視線を向けると、先ほど盗み出した杖に目が止まる。

 少年がジッと杖を見つめると、楽しげな笑い声が止まった。


『あら、私の声が聞こえるのね』


 少年は自然と杖を握る手に力が籠もる。

 それを見た杖は、『あらあら』と困ったような声をこぼしつつもまた笑った。


『これはすごいわね、ふふ。あなた、面白いわ』


 その言葉が聞こえた直後、大きな音と共に炎の柱が立ち上った。

 思いもしない出来事に、少年を抱きしめていた男が目を大きくする。


「な、なんだ?」

「攻撃か!?」


 少年達に近寄ろうとしていた男達はというと、突然発生した火柱に足を止める。

 周囲を警戒しつつ、突然発生した火柱を消そうと魔法で水を出現させた。


 だが、勢いがすさまじいのか炎は消えない。

 それどころか炎は次第に大きくなり、追いかけてきた男達を飲み込もうとした。


「な、なんだこれ!?」


 少年は思いもしない光景にただただ驚く。

 一体何が起きて、どうして火柱が発生したのか全くわからないでいた。

 しかし、少年を抱きしめていた男性は違う。

 何が原因で、どうしてこんな火柱が発生したのか気づいていた。


 だから男は、ある言葉を口にした。


「アンナ、わかった。もう炎を消してくれ」


 男が誰かに語りかけると、天高くまで立ち上っていた火柱がたちまち消える。

 同時に火の粉が光の雪のように降り注ぎ、それを目にした少年はあまりの美しさに言葉を失っていた。


「やれやれ、これはとんでもない拾い物しちゃったね」


 少年は降ろされる。

 そして、その頭に優しく手を添えられた。

 思わず男を見ると先ほどと違う優しい笑顔を浮かべ、少年と視線を合わせるように屈んだ姿があった。


「君、名前はあるかい?」

「なまえ……?」


 少年の受け答えを聞き、男は名前が何なのかわかっていないことに気づく。

 だから少年が答えやすいように言い方を変えた。


「君は、みんなからなんて呼ばれているんだい?」


 質問の意味がわかった少年は、正直に答えるかどうか迷った。

 男はそんな少年の姿を見て、挨拶代わりに自分が何者なのか告げた。


「僕はベリル・ファトス。一応、賢者の称号を持っているよ。そうだね、よかったら僕のことをベリルって呼んでくれないかな?」

「……俺、俺は、そんな立派な名前はない」


 ベリルの言葉を聞いた少年が、迷いながらも口を開いた。

 少年を追いかけてきていた男達は、その様子を見て足を止める。

 そのことに気づいたベリルは男達に感謝しつつ、少年の言葉を待つ。


 すると、少年は根負けしたのかベリルの質問に答え始めた。


「俺、みんなからラスティって呼ばれてる。その、あまり綺麗な髪の色じゃないから」

「ラスティか。なるほど、いい名前だね」


 ベリルは立ち上がり、ラスティに手を差し出した。

 それは何を意味するのか。

 わからずに見つめていると、ベリルが笑いかける。


「一緒に行こう、ラスティ」

「行こうって、どこに?」

「君が目指すべき場所にだよ」


 こうしてラスティは賢者ベリルに拾われた。

 それが何を意味するのか、ラスティはわからない。


 ベリルに手を引かれ、歩くラスティ。

 その光景を目にした男達は、ベリルに対してこう告げる。


「いいのですか? その子はあなたの大切な杖を――」

「そうだね。でも、おかげでこの子の才能に気づくことができた」

「ですが、あなた様にはすでに候補者が――」

「運命はすぐに形を変えるものだよ。僕はそれを育て、見守るだけさ」


 そのやり取りがどんな意味を含んでいるのか。

 まだ子どものラスティにはわからなかった。

 だが、ベリルとの出会いによって徐々にその意味を知ることになる。

 しかしそれはまだ先のこと。


 それに、彼にとっての運命的な出会いはまたすぐに訪れる。

 そのことを、ラスティは知らない――

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