第9話 急展開

     9 急展開


「とにかく恋矢が昨日お楽しみだったのは、喜ばしい事だわ。

 その疲れが出た今日は、そっとしておいた方がいい?」


「やかましい! 

 昨夜は、マジで大変だったんだから――」


 ――と、そこまで口にした所で、恋矢は咄嗟に口を噤んだ。


 何故ならあのココなら、こうツッコンでくる筈だから。


「……昨夜は大変だった? 

 それは、聞き捨てならないわね。

 その様子だと、本当に重大なナニカが起きた気がする。

 どういう事、恋矢?」


「………」


 恋矢は一間空けてから、首を横に振る。


「別に。

 ココには全く、関係がない事だ」


「………」


 それは事実なので、恋矢は堂々と言い切った。

 この時、初めて篠塚ココは微笑む。


「ねえ、敦ちゃん。

 恋矢って昨日、私をオカズにして三回連続で射■したらしんだけど、これってどう思う?」


「……は、いっ?」


「敦ちゃんにそう相談したら、一体どうなるかな? 

 そういう噂って割と広がりやすいと思うだけど、私、間違っていますかね?」


「………」


 この女……悪魔か? 

 目的の為なら手段を選ばないとは、正にこの事だ。


 一体どういう教育を受けたらこんな人格になるのか、恋矢は大いに疑問だった。


 そうは思う物の、これは非常に不味い状況と言える。

 この篠塚ココなら、本気で実行しかねない。


 かと言って磯部八介の護衛については、守秘義務にあたる事だ。

 吹聴するなどもっての他なので、恋矢はもう一度顔をしかめるしかない。


 それに加え、恋矢はココに、SPの仕事をしている事を打ち明ける気はなかった。

 僅かなあいだ考えた末、彼は嘘と事実を同時に語る事にする。


「ココって――埋葬月人って知っている?」


「埋葬月人? 

 知っているけど」


「――知っているの? 

 一体何でさっ?」


 知らなければ殆ど興味はもたれまいと、恋矢は高を括っていた。

 だが、ココは謎の知識をひけらかす。


「うん。

 私、割と都市伝説とか好きで、よくネットで検索とかするの。

 埋葬月人って、あれでしょう? 

〝埋葬〟は〝死〟を意味して〝月人〟は〝夜の住人〟を意味している。

 正に殺し屋の二つ名としては、ぴったりって感じ?」


「………」


 恋矢でさえ知らないマメ知識を、ココは当然の様に謳う。

 恋矢は、頭を抱えるしかない。


 そんな彼に、篠塚ココは追い討ちをかけた。


「それで、埋葬月人がどうしたの? 

 ……もしかして、恋矢は昨夜、埋葬月人を目撃した?」


 殊更真剣な顔で、ココは訊ねてくる。

 恋矢は内心舌打ちしながら、プランBに移行した。


「……実は、そうなんだ。

 黒い仮面に、黒いコートの不審者を見かけてさ。

 俺と目が合うとそいつは風の様に走り抜けながら、南の方角に去って行った。

 いや、仮面の時点で、もう怪しすぎるだろう?

 ただのコスプレの可能性もあるけど、あの動きは只者じゃなかった気がする。

 まあ、それだけのつまらない話だ。

 埋葬月人についても、偶々ネットで知っただけだし」


「フーン、そうなんだ?」


 と、関心の無い素振りを見せる、ココ。

 彼女は一考してから、思わぬ提案をしてくる。


「だったら私達二人で――埋葬月人の調査をしてみない? 

 恋矢が目撃した地点から、埋葬月人の足取りを追ってみるの。

 うまく埋葬月人のアジトをつき止められれば、私達きっと警視総監賞ものだよ」


「は? 

 ――はっ?」


 また何を意味不明な事を言い始めるんだ、このアマは? 

 埋葬月人のアジトを、つきとめる?


 それはプロのSPである、天井恋矢にさえ無い発想だ。

 篠塚ココは、本当に突拍子もない。


「いや、いや、いや! 

 俺が目撃したやつが、本当に埋葬月人なのかさえ不明なんだ! 

 そんなやつの足取りを追っても、きっと無駄足になるだけだろうっ? 

 そんな提案は、断固として却下する! 

 ……大体、そいつが本物の殺し屋ならどうするつもりだ? 

 ココにだって、危険が及ぶかもしれないんだぞ――?」


 それは紛れもない事実なので、恋矢は怒気さえ込めてココを諭そうとした。


 だが、ココの態度はここでも変わらない。


「それは、大丈夫。

 埋葬月人の活動時間は、その名の通り、恐らく夜だから。

 朝から夕方にかけてなら、きっと埋葬月人と鉢合わせる事はない。

 私達は明るい内に怪しい建物を見つけて、中を調査するだけ。

 そこで誰かが潜んでいた形跡をみつければ、それだけで大収穫。

 後は警察の人にバトンタッチするだけで、私達のお手柄は約束される」


「………」


 それはある種の、筋が通った見方だ。

 この野郎、淫乱……いや、下ネタ大好きな癖に冷静な一面もありやがる。


 そう或る種の偏見を抱きながらも、恋矢は半ば感心した。


「で、どうする? 

 恋矢は、この話にのる気はないの? 

 だったら、私一人で――」


「――それは、絶対ダメだ!」


 例え明るい内でも、何が起るか分からない。


 恋矢の危機感は本物で、彼は結局ココにうまい具合に誘導された。


「なら――決定ね。

 恋矢は私のボディガードで、私達は二人で埋葬月人を調査する。

 そういう事で、いいでしょう?」


「………」


 恋矢には仕事があって、一日中ココを見張る事は出来ない。

 それなら自分が一緒な状態で、ココの話にのった方がマシだ。


 結局、恋矢はそう打算して、気怠そうに手を上げる。


「……分かった。分かったよ。

 でも、怪しい建物を見つけても、中には入らないぞ。

 もしかしたら、もう不審者が中に居るかもしれないから」


「うーん、それはどうだろう? 

 殺し屋って、昼間はちゃんとしたお仕事をしていると思うんだよね。

 でなければご近所の噂になって、余計怪しまれる。

 立場上そういう事態は、避けたいと思わない?」


「………」


 本当に篠塚ココは、こういう事には頭が回る。

 天井恋矢は半ば論破された形で、篠塚ココの道楽に付き合う事になった。

 

 その先で――ある種の事件に巻き込まれると知る術もないままに。

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