第21話、歪み。
ひとしきり喚くと、フェリスは領主の使っていた立派な木製の机に近づき呪文を唱えた。
ギッギギッギギギギギギィィィーーー……。
すると机が軋んだ音を立てながら横に動き、下階へ降りる階段が現れた。地図にも無かった仕掛けだ。フェリスは硬質な靴音を響かせ階段を降りていったかと思うと、すぐに今度はズルリズルリと何か重そうなものを引きずる音と共に戻ってきた。
「次はさすがに死んじゃうかもね。でも神王である僕の目的の為なんだから光栄に思ってよね」
右手にギラギラ光りを放つ銀の短剣を持ち、左手は血に濡れた男性の襟首を掴んでいる。意識が朦朧としてるのだろうピクリとも動かない。
「本当は王の血が良いんだけどさ」
次の瞬間、なんの躊躇いもなく銀の刃が振り下ろされる。
無意識に、体が動く。
ガキィィィーーーン!!
カラカラカラカラ……。
晴人の腕の中から飛び出し、手に持ったままだった剣で、フェリスの銀の刃をはらいのけた。この体は怪力を使えるので、大人相手だろうと力負けはしない。
「マホロなぜここに!?」
短剣を弾かれよろけるフェリスは、私の姿を見て驚きを隠せない。私のモブスキルを見破れないのは確かなようだ。
「そんなのはどうでもいいでしょ。あんたはここで何してるのよ?」
怒りのあまり、自分でも驚くくらい低い声が出る。
「何してるかだって、ふふふ……。これはね。いつでも世界を渡れる道を作ってるんだよね」
「世界を渡る? それって元の世界に帰れるって事?」
「それだけじゃない! いつでも地球とナリディーアを行き来ができるんだよ。楽園の扉なんだ。素晴らしいと思わないかい?」
「そんな事が本当に出来ると思ってるの?」
「出来るよ。だって僕はナリディーアで生まれて、一度はマホロのいる世界、地球に転生することが出来たんだもの」
さすがに驚く。だってナリディーアはゲームの中の世界のはずなんだからと思った。けど同時にゲーム世界じゃないかも? と、心の中で疑い続けてもいた。
「どういう事なの? この世界は現実だとでも言うつもり?」
「まだ気がついてなかったの? マホロなら、ここもまた現実だって、すぐに分かると思ったんだけどなぁ」
疑問には思っていたし薄々そうなんじゃないか? くらいには思っていた。NPCであるはずの人々はNPCとは思えないくらい豊かな感情を持って生活しているし、ゲームには出てこない街や村、森や川、様々なものが存在して、生き物たちの息づかいや感触も匂いも、そのすべてがリアルすぎた。
だからこそ……。
「信じたくなかったわ」
「だけど、ここナリディーアも現実なんだよ。そして晴人くんをナリディーアに召喚したのも僕なんだよね」
ニタニタと嫌な笑みを浮かべながら、フェリスは晴人の方に視線を送る。
「俺を呼んだとは、どういう事だ?」
「あっちの世界で僕を嗅ぎ回る晴人くんが邪魔だったんだよね。だから捕まえてナリディーアに放り込んだよ」
「ということは、まだ道は繋がっているのではないのか?」
「一度、様子を見るだけのつもりでナリディーアに戻ったんだけど、そのあとすぐに道が消えちゃったんだよねー。今、考えても一番の失敗だったと思うよ」
両手で頭を抱えて地団駄を踏んで大袈裟に残念がっていたフェリスは、再び顔を上げ晴人をねっとりと絡みつくように見つめる。
「晴人くんが龍王になんか転生するから予定が狂ったんだよねー。でも今はラッキーだと思えてきたよ。だって王の強力な魔力が宿る血で魔法陣は完成するんだからね」
短剣を拾って構えるとフェリスは、晴人に向かって突進してきた。
「ついに楽園への道は開かれるんだよ!」
ガキィィィ!!
再び私は剣を握りなおし応戦する。刃がぶつかり火花が飛び散る。
「もう二度と晴人は奪わせないわ!!」
「たとえ愛するマホロでも、僕の邪魔をするなら容赦はしないよ!」
ギギィ!
「私はあんたが大嫌いよ! だから邪魔もするし、ナリディーアが現実だっていうなら! 今ここにいる晴人の故郷を守るし! 生きてる人たちも、これ以上は殺させたりなんかしないわ!!」
「マホロの気持ちは関係ない。僕がマホロを愛してる。それだけでいい! それに魔法陣が完成しなかったらマホロも帰れないんだよ? いいのかい?」
「気持ち悪いこと言ってんじゃないわよ! 晴人の生きる世界が私のいたい世界で帰りたい場所なの! だから、こんなモノいらないわ!」
ガキィィィーン!!
ガラガラガラガラ……。
フェリスの剣を、思いっきり力を込めて弾き飛ばす。
ドガッ!!
更に、追い討ちとばかりに渾身の力を入れて片足で床を踏みつけた。
部屋の床は、まるで隕石が落ちたみたいにはクレーター状にヒビ割れ、もはや魔法陣を再構築することはできないだろう。
「な、なんてことするんだ……。何年もかけて計画したのに、どうしてくれるんだよ!」
目を赤く染め、血の涙を流しはじめたフェリスに狂気を感じて後ずさる。
「なんで! なんで! おまえたちには洗脳が効かないんだよ!! おかしいだろ! 僕は神だぞ!!」
錯乱したように髪の毛を振り乱し、わめき散らす。そして隠し持っていたナイフを懐から出すと、めちゃくちゃに切っ先を振り回しながら私たちに襲いかかってきた。
油断していたわけじゃないけど、フェリスの狂気に圧倒されて反応が遅れた。晴人の剣は私が持っている。だから晴人も避けきれない。
晴人が庇うように、私に覆いかぶさる。
胸元からスルリと、アムリが飛びだす。
「フシャァ!!」
フェリスの前にアムリが踊り出て、全身の毛を逆立て威嚇する。
「退けぇ!!」
小さなアムリが飛びだしたところで、フェリスの勢いは止まらない。
【我の恩人に刃を向けるとは許せぬな】
地を這うような声がしたかと思うと、アムリの体が光をおびて黒豹くらいの大きさに変わり、翼を私たちを庇うように広げる。三本の尻尾も鞭のようにしなやかに動き床をパシパシ叩く。
「な! なんだよ。魔物ごときが邪魔するんじゃないよ!」
一瞬、怯んだフェリスだったが、すぐにナイフを持ちなおすと、アムリめがけ突進してくる。
【眠れ。愚かで、哀れな人間よ】
アムリの身体から金の魔力が立ちのぼり一気に収束する。そして突進してくるフェリスの頭に光の矢が撃ち込まれた。
ドサッ……。
カランカラン……。
フェリスが倒れ、手からはナイフが転げおちる。
【無事か?】
ゆっくりとした動作でアムリが、私たちを振り返る。
「うん。ありがとアムリ」
「助かった。ありがとう」
【うむ。怪我が無くて良かった】
「ビックリしたけどアムリは神獣だもんね」
【本来はこの姿なんだが、この時の為に姿を変えておったのだ】
「この時ってことはフェリスのことも知っていたの?」
【もちろん知っていた。お前たちがナリディーアに召喚されることもな】
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