第4話、不愉快な出会い。
南に向かって歩く間に日が昇りギラギラと太陽が照りつける。しかも昨夜、雨が降ったせいで湿気を含みじっとりした蒸し暑さだ。体は汗ばみ不快感が増し、額からは汗が伝い顎先からポタポタ流れる。タオルも持って無いので、仕方なく着物の袖で拭く。
「あのさ。今って何月なの? 暑すぎない?」
「九月十五日ですね。今年は暑さが厳しいと村の者たちも言ってましたから今までの夏より暑いと思います」
「なるほどね。真夏って訳ね」
「はい。あ! ほらユラの街が見えてきましたよ!」
アキハナが指差す方を見ると、暑さで揺らぐ景色の先に煉瓦作りの壁が見えはじめた。かなり高い壁なので、ここからだと内側の街は見えない。
「もうちょっとみたいね」
「はい」
とりあえずの目的地はもうすぐだけど、真冬の地球から真夏のナリディーアに転生って、体がおかしくなりそう。と言うか、ストーブも炬燵も点けっぱなしで、こっちの世界に来たけど火事とかになってないよね? 元の世界に戻ったら家が無いなんてゴメンだわ。今のところ戻れるか分からないけど、必ず戻るつもりではいる。
あまりの暑さにハァーっと、思わず溜息が出てしまう。足をふらつかせながら、アキハナの後をついていく。ゲームで見た時、ユラの街はかなり大きかったので楽しみだ。それに街に行けば元の世界に戻る為の、何か情報があるかもしれない思いもあったりする。
「ゲームで操作するのと、自分の目で見たり歩いたりするのは全然違うのね……」
塀に囲まれた街の唯一の出入り口の門の前には、背に荷物を背負った街人や、荷車を引いたり馬車を操る商人たちが数百人は並んでいるのが見える。太陽が真上に登りきって熱風まで吹きはじめた。砂ぼこりが舞う暑い中、並ぶのは嫌だけど仕方がない。最後尾に並んで順番が来るのを待つ。
「次の方〜!」
「マホロさん、行きましょう」
アキハナが懐から木札を出し、褐色の肌の逞しい体躯をした兵士に見せている。多分、通行証みたいな物なんだろう。
「手形を拝見します」
無愛想な野太い声で、兵士が筋肉質な手のひらを私に向ける。
問題発生である。
地球からナリディーアに転生してきたばかりの私は、手形なんて持ってないのだ。モブスキルを確認した時に気がついた事なんだけど、ゲームの時に貯めていたお金はあるけど、アイテム関係は全て無くなっていた。
「……ごめんなさい。田舎から出てきたばかりで持ってないの」
「う〜ん。困ったなぁ……」
「お金ならあるの。それでどうにかならないかな?」
「金はいらねーよ」
お金では解決出来ないと分かって、ガックリ肩を落とす。すると兵士は大きな体をかがめて顎髭を撫でながら、口元をニヤつかせ私の顔を覗き込んできた。まるで値踏みするかのように。
「お前さん、女だろ?」
「だったら何?」
「この世界は金より女の方が貴重だからな。ちょいとオレの相手をしてくれりゃ〜通してやっても良いぜ?」
さりげなく肩に腕まで乗せてきて、息がかかるくらいに顔をよせてくる。汗臭い上に子供を捕まえて何言ってんだ、このエロオヤジ。確かにナリディーアは、ほとんど男しかいない。まぁ、BL世界なんだから当然だ。けど女がいない訳でも無い。この兵士の言うように、かなり少数だけどいるにはいる。ただし女たちは女だけの街を作り自衛し生きているから、滅多に遭遇しない。
「お断りだわ! あんたの相手するくらいなら別の街に行くわ!」
肩の腕を振り払おうとしたが振り解けないどころか、兵士は中々にしつこい。
「他の街に行ったって手形が無きゃ入れねー。だからよぉ〜」
肩に回された腕に更に力がこもる。アキハナの様子を見ると、ただ見てるだけのようだ。アキハナは体術スキルも魔法スキルも持って無いから、どうすることも出来ないのだろう。
ならば、これしか無い。
汗臭い毛むくじゃらの腕を、思いっきり力の限りガブリッと噛みついた。
「イッテェ!! 何すんだこのガキがぁ!!」
力が緩んだスキに腕からスルリと抜け出して、アキハナの腕を掴んで街の中へと走っていく。
「待ちやがれ!!」
ピィー! ピィー! ピィー!!
警笛まで鳴らしはじめた。もしかしなくても、かなりマズイ状況かもしれない。体力の無いアキハナは、ハァハァと息を切らせてる。このままだと間違いなく追いつかれてしまう。
「アキハナ、この街で目印になるモノってある?」
「この先に大きな橋があります。その橋の下なら隠れる事が出来ると思います」
「じゃ! そこで合流しましょ! 私は追手を巻いてから橋の下に行くわ」
「分かりました。気をつけてくださいね!」
「あんたもね!」
手を離し、アキハナとは逆方向に向かって走る。思った通りアキハナには目もくれず、私の方に剣や槍を手にした兵士が数十人、カツカツと硬質な靴音を鳴らしながら追いかけてくる。ただの子供に大袈裟過ぎる気もする。だけどこの世界では、女は貴重でとてもレアなのだ。確か九割は男で、女はたったの一割程度だとかゲームの中のイケメンが解説してくれていた。そして女は色々と利用価値があるとも言っていた。だから女にとっては街は危険な場所でしかないのだ。それを身をもって知ってしまったわけだ。
「こんな時こそ使えるんじゃない?」
目の前に見えてきた細い路地に飛び込む。そして微妙だと思っていた【モブスキル、空気に溶け込む】を発動させた。
「クソ! 見失ったか!!」
「相手は子供だ。まだ遠くには行ってないはずだ。探せばその辺にいるだろ」
「アレは上玉だぜ?」
「そうか? 俺には地味でガリガリに痩せたガキに見えたがな」
「お前、見る目ねぇなぁ」
兵士たちは周囲を見回してるけど案の定、私の姿を見失ってくれた。ホゥッと息を吐くと、スキルを発動させたまま橋に向かい走り出す。
「本当に大きな橋ね」
アキハナが目印になると言っていた通り、石造りのしっかりした橋が見えてきた。辺りを見渡すと、日本家屋と着物と和風な結鬼村とは全く雰囲気が違う。ユラの街は、赤い屋根が可愛い煉瓦造りの洋風家屋が建ち並び道も石畳になってるし、道行く人々も洋服を着ている。この世界に来て驚いたのは、現実世界と変わらないくらい、しっかりした街並みの中で営まれている人々の生活だろう。
「それにしても暑いわねー」
思わず呟いてしまうくらい暑い。街の中だからと言って涼しくなる訳はなく、汗が額を流れるし、背中を伝う汗で着物もじっとりと湿って気持ち悪い。
橋まで来ると、走る速度を緩め歩きだす。馬車同士がすれ違う事も出来る程の幅もあるし、人通りも多いから紛れる事も出来て良い感じだ。橋の脇を通り抜け、砂利で固められた斜面を滑って下までいって川べり近くまで降りる。それから草むらに入ってスキルを解除する。ついでに足元の草をちぎって髪の毛を茎の部分で縛り、手足と顔に泥を塗り、更に河原から石を拾ってきて着物の裾に擦り付けボロボロにする。これで女の子には見えないはずだ。とりあえず小汚いガキに見えれば十分。
「アキハナ?」
草をザカザカ踏み鳴らしながら、小さな声でアキハナを呼んだ途端。
「動くな!」
低く鋭い男の声がして、いきなり背後から腕を掴まれた。何の気配も感じなかったし、いるとすればアキハナだけだと思っていたから油断した。先ほどとは違い緊迫感からくる冷たい嫌な汗が背中をつたう。
「お前、兵士に追いかけられてた奴だろ?」
どうする? 視線だけで周囲を観察してみたけど、アキハナの姿は見えない。振り払って逃げるしかないと思い、掴まれた腕に力を込める。
「逃げようとしても無駄だ。質問に答えろ」
仕方なく男の方を振り返る。なるべく感情を出さないように心がける。
「……田舎から出てきたばっかで手形を持って無かったんだよ!」
嘘は言ってない。けど男は無言のまま、私から視線を外さないし、微動だにしなくなった。あまりにじっくりと見つめられ落ち着かない気分になる。腕が掴まれたままなのも気になってしまう。
「あのさ……そろそろ手、離してくれない?」
私の言葉に、ハッとした表情をする。けど手を離すところか力を込めてきた。
「まさか! お前!!」
男は先ほどのような低い声では無く、驚きと喜びがないまぜになった興奮した声を上げる。そして嬉しそうに破顔して、いきなり抱きしめてきた。
「会いたかった!」
バリバリバリ!!
左手に渾身の力を込め男を押し退け、右手で顔面を思いっきり引っ掻いてやった。
「いきなり何言ってんだ! このセクハラ男!!」
男が顔を押さえてよろめいた瞬間、私は掴まれた手を振り払って走りだす。
「痛ッ!? お前こそ何故、逃げる!? それから俺はセクハラ男などと言う名前では無い」
大声で叫んで追いかけてくる。アキハナと合流出来なかったのは不安だけど、今は全力で逃げるしかない。
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