第2話、世界は無情、


 村の外れまで一気に走り続け、しばらくすると前方の真っ暗闇の林に目が止まる。闇にまぎれるのが一番安全かもしれない。


「林の中に隠れながら行くわよ」

「分かりました」


 リィーリィーと鳴く虫達と、緑濃い匂いの中、草を掻き分け闇雲に歩き辿り着いたのは、涼しげにサワサワと水音を立てる河原だった。


「追って来てないみたいね」


 後ろを振り返るが、人の気配は全く無い。いつの間にか雨も止んだようだ。頭を振るって水滴を散らし、着物の裾を片手で絞って、ホゥと息を吐く。木の下に丁度良い感じの石を見つけ、濡れてないのを手のひらで触って確認してから座る。ついでに袖口に鼻をよせ匂いを嗅ぐ。トイレに吸い込まれた割に濡れてもいないし臭くも無いので安心した。


「あの、ありがとうございます」


 繋いだままだった手を離すと、ペコリと頭を下げた。


「見てられなかったからね。それで何があったのか聞いてもいい? 心中って訳じゃないのよね?」


 男の子がうなずいてから、私の方を見る。


「はい。一家心中と言う訳ではありません。ボクの一族、結城家長男は神鬼が宿るとされ12歳になると龍王様に供物として捧げられるのです。今日がその儀式の日でした」

「は? 今時そんなことしてんの?」

「はい。村の安泰と世界を維持する為の、大切なお役目ですから……。それでボクを殺して龍王様に捧げた後に、父上と母上も後を追うつもりだと言ってました」

「なんで、そこまでするの? と言うか、あんたと両親が死んだら一族滅亡じゃない!」

「それは神鬼の一族だからとしか言えません。あと一族当主は代々次男が受け継ぐので問題は無いそうです」


 雲が途切れ月明かりに照らされ、ようやく男の子の姿形がハッキリと分かる。小さめの顔はあどけなさが残り、肩ほどに伸ばした美しい青みかかった髪の毛、瞳の色は深い紫色に煌めき、白い手足は細く少女のように華奢。着ている白い着物は逃げる時に汚れてしまっていたけど、細やかな銀色の蝶の刺繍が美しい上等な品物だ。屋敷も大きかったから裕福な家なんだと思う。


「いや、いや、大問題でしょ! なによそれ!」

「神鬼は最上級の供物なんだと教えられてきました。だから……死は名誉であり世界を救う事なのだと……」


 そこまで言うと、顔をうつむかせ握りしめた両手を震わせる。たぶんこの子は、間違いなく”供物”として生きて死ぬ事を前提に12年間、大切に育てられてきたんだろう。


「でも、あんたは生きたいんだよね?」


 問いかけると、視線を彷徨わせてから不安げに目を潤ませ私を見つめる。


「大丈夫、ここには私たちしかいないよ」

「……生きたい。死にたくなんかないです」


 “生きたい”


 ソレは生き物として当然の願い。で、本能だ。


「あと、もう一つ聞いていい?」

「はい」

「今、逃げたら間違いなく家には戻れない。あと一生、追手から逃げ続ける事にもなるかもしれない。それでも私と来る?」


 最終確認をすると男の子は、ほんの少しだけビクッと肩を震わせてから「う〜ん……」と、小さく唸って考えるそぶりをしてから。


「行きます」


 私を睨むようにしながら、しっかり自分の意思を示してみせる。


「分かったわ。一緒に行きましょう」


 見知らぬ場所だとしても、きっと何とかなるはず。今までの二十八年間、プライベートや仕事で様々なトラブルがあったけど乗り越えてきたし解決してきた。いつでも前向きポジティブなのが私の良い所だ。と言うわけで、とにかく行動するしかない。


「よし! まずはここから離れた方が良さそうね」

「そうですね。あっ、ボクのことはアキハナと呼んでください」

「分かったわ。私は夕陽真穂路、マホロでいいよ」

「移動する前に水を飲んでいきませんか?」

「そうね。走ったせいで喉が渇いたわ」


 立ち上がってサワサワと流れる川に近づき、揺れる水面に写る自分の顔を見て言葉を失った。


「なによコレ!?」


 思わず自分の顔を両手でペタペタと触る。


 今更だけど、なんだか今までの自分の身体では無い気がする。目線と言うか、身長も低い事に気がついた。


 ついでに胸と尻も触って確かめる。


 ぺったんこの平面だ……。


「マホロさん、どうしましたか?」

「アキハナ、あんたには私はどう見えてるの?」

「どうとは?」


 質問の意味が分からないらしく、アキハナは不思議そうに首をコテンと傾げる。


「どんな姿に見えてるの? って事なんだけど……」

「ボクより少し年下の女の子に見えます。あと灰色の長い髪も瞳も白い着物に良く合っていると思います」


 アキハナが教えてくれた外見は今、水面で見た自分の姿そのものだ。


「若返りすぎでしょ。それにちょっと地味すぎじゃない?」


 ガックリと膝を地面につき項垂れる。灰色の髪の毛も、頸からサラリと滑り落ちてくる。それを指に絡め思う。二十八年間、慣れ親しんだウェーブがかった明るい茶髪も、パッチリとした黒目も、Bカップの胸もなくなってしまっている。美人と言うほどではなかったけど、自分の容姿に不満もなく結婚間近の彼氏もいた。なのに今のこの状況、全てが一から出発するようなものだ。


 実はもう一つ、気になる事がある。再び立ち上がって辺りを見回す。


「……なんか見覚えあるんだよね」


 この世界の雰囲気も風景も、そして先ほど聞いた話と、目の前のアキハナ。全てを、つい最近、見たことがある。


「さっき飛び出してきた村、アキハナの故郷って、もしかして結鬼村?」

「はい。鬼と人が唯一共存する事が許された村。結鬼村です」

「やっぱり!!」


 たぶんこの世界は、昨日クリアしたばかりの『龍と鬼の秘恋〜今すぐお前に会いたい〜』ってBLゲームの中だ。残業帰りにフラッと立ち寄った中古ゲーム店で、なぜかタダ同然の十円だったから暇潰しに買ってみたのだ。ちなみにアキハナは、そのうち龍王に見初められてモニョモニョ展開になる。


「あの大丈夫ですか?」


 心配そうに潤んだ目で、私の顔を覗き込むアキハナは、よく見なくても可愛い。ショタ好きには、たまらないだろう。


「うん……気持ちを落ち着かせるから、もう少しだけ待って」

「分かりました」


 深呼吸をしてみた。残業後の朦朧とした意識の中、いきなりYes、Noを突きつけられた挙句に便器に吸い込まれゲームの中に放り込まれてしまった。しかもBL世界だったとか笑えない。


 モヤモヤ感は消えない。


 と言うのも、私は何の特徴も無い地味過ぎる女の子だ。さっき着物をめくって下も確かめたから間違いない。しかもノーパンでスースーしている。


 コレって絶対アレだ。


「悲しいけどモブってヤツだ!」


 頭を抱えて思わず叫んでしまった。

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